新型基幹ロケットは、現在運用されているH-IIAロケットやH-IIBロケットの後継機として、さまざまな人工衛星や探査機などの打ち上げを担う。初打ち上げは2020年に予定されている。

連載の第1回では、新型基幹ロケットがなぜ開発されるのかについて、また第2回では、新型基幹ロケットがH-IIAからどう変わり、どのようなロケットになるのかについて紹介した。

最終回となる今回は、新型基幹ロケットの打ち上げが行われる発射場の概要と、新型基幹ロケットとほぼ同時期に登場し、ライヴァルとなるであろう、他のロケットについて紹介したい。

発射場はH-IIA、H-IIBと共用

新型基幹ロケットの発射施設はH-IIA、H-IIBと同じ場所が使われる (C)JAXA

新型基幹ロケットの打ち上げは、H-IIAやH-IIBと同じ、種子島宇宙センターの吉信射点から行われる。また設備もH-IIA、H-IIBで使用しているものが活用されるという。例えばロケットの整備や組み立てを行う整備組立棟や、ロケットが立てられる射座は改修、ロケットの推進剤を貯蔵したり供給したりする設備も流用するとなっている。唯一、ロケットを整備組立棟から射点まで輸送し、そのまま発射台にもなる運搬車輌(「ドーリー」という)だけは新しく造られるという。

また、ロケットの打ち上げ管制や、万が一のときの爆破指令が出される「発射管制棟(通称ブロック・ハウス)」は、現在は射点の近くにあるが、約3km離れた竹崎エリアと呼ばれる場所へ移される。点検の自動化により、必要な要員を大幅に削減することができたためであるという。竹崎エリアには現在「総合指令棟(RCC)」という、打ち上げ作業の各責任者が入り、すべての情報が集まる建物があるが、発射管制棟と機能を集約させるということなのかもしれない。

吉信射点には、整備組立棟から一直線で結ばれた第1射点と、途中で分岐した先にある第2射点の2か所があるが、新型基幹ロケットの打ち上げでは、第2射点のみが使われるとなっている。これは新型基幹ロケットの打ち上げが安定するまでは、H-IIAの運用も並行して行うためだろう。いずれ新型基幹ロケットの信頼性が確立され、H-IIA、H-IIBが引退するときがくれば、第1射点も改修され、また整備組立棟など他の施設にも新型基幹ロケット専用にするために、さらなる改修が施されるものと思われる。

また以前は、新型基幹ロケットは機体を横に倒して組み立てや整備を行うことを検討しているとされ、現在の整備組立棟の隣に、水平組み立て用の建物を新しく建設することが示唆されていたが、今回公表された想像図を見る限りではそれが削除されている。

ロケットを横倒しにするのは、ロシアや米スペースX社のロケットなどで取られている手法で、高さがない分組み立てや整備はしやすいが、横に倒すことでロケットが歪むため、強度を高めたり、あるいは歪むことを前提にした造りにしなければならない。また、液体ロケットは打ち上げの直前に推進剤を入れれば良いので、組み立てや整備の際には空っぽの状態にできるが、固体ロケットは打ち上げの直前に入れることができず、あらかじめ推進剤を充填しておく必要がある。新型基幹ロケットは第1段の下部に固体ロケット・ブースターを持つが、推進剤の入った固体ロケットは重いため、横倒しにすると機体にさらに大きな負荷がかかることにもなる。

解決策としては、まずは横倒しで組み立てと整備を行い、最後に機体を立てて固体ロケット・ブースターを取り付けるという方法も考えられるが、想像図から水平組み立て用の建物自体がなくなっていることから、予算の問題で流れたのかもしれない。本当に水平組み立て案は消え、H-IIAやH-IIBと変わらない組み立て方法になったのか、今後出てくる情報に注目したい。

新型基幹ロケットは世界で戦えるのか

これから新型基幹ロケットを待ち構える関門は、大きく2つある。

まずひとつは、そもそもロケットが完成するかどうかということだ。特に、第1段ロケット・エンジンのLE-9の開発が最も難関であろう。LE-9と同じエキスパンダー・ブリード・サイクルを採用しているLE-5Bの推力は137.2kNだが、LE-9はそのおよそ10倍以上の推力が必要になる。エキスパンダー・ブリード・サイクルは日本だけが採用している技術であり、つまりLE-5B以上の高推力を出せるエンジンが開発された前例はない。三菱重工は「これまでの検討で、1960kN(200tf)程度の大推力化に対応できることがわかっている」としているが、実際の開発が順調に進むかはまだわからない。

もうひとつは、開発目的のひとつにもなっている「国際競争力のあるロケットと打ち上げサーヴィス」が達成できるかどうかという点だ。JAXAや三菱重工では、新型基幹ロケットの価格はH-IIAの半額を目指すという。言葉通り受け取るなら、固体ロケット・ブースターを持たない最小構成で50億円以下、H-IIA 204と同じ性能の構成で50億円、大型の静止衛星を打ち上げるための最大構成では70億円ぐらいになるだろう。

これは現在からするとかなり安いと言えるが、新型基幹ロケットが登場する2020年代には当たり前の価格になっている可能性がある。

例えば欧州では現在、「アリアン6」という新しいロケットの開発が始まっている。アリアン6はアリアン5の半額を目指すとされ、静止トランスファー軌道に11tの打ち上げ能力を持つアリアン64という構成では8500万ユーロから9100万ユーロ(約109億円から117億円)になるとされる。ただ、アリアン64は衛星の2機同時打ち上げを行うことから、衛星1機あたりにすると4250万~4550万ユーロ(約55億円から58億円)になり、新型基幹ロケットとほぼ同等だ。

米国スペースX社のファルコン9ロケットは、現時点でもすでにH-IIAと同等の性能で、打ち上げ価格はおよそ半額を達成している。また、静止トランスファー軌道に6.4tから最大で21tの打ち上げ能力を持つ「ファルコン・ヘヴィ」は、9000万ドル(107億円)という価格が提示されている。打ち上げ能力に大きな差があるのは、ロケットを再使用するかしないかで変わるためだ。

ここで注意しないといけないのは、6.4tというのはロケットを再使用したときの打ち上げ能力であり、21tはロケットを再使用しない場合の最大打ち上げ能力であるということ、そして9000万ドルという価格は、後者の再使用しない場合の価格であるという点だ。スペースX社はロケットを再使用すれば打ち上げ価格は100分の1、つまり90万ドルになるとしており、もしそれが達成できれば、6.4tの衛星をわずか1億円ほどで飛ばせるということになる。また再使用しない場合でも、2機以上の衛星を同時に打ち上げられるため、9000万ドルという数字は十分に安い。

ロシアの「プラトーンM」ロケットは、静止トランスファー軌道に6.7t、また静止軌道への直接投入であれば3.5tの打ち上げ能力を持つ。打ち上げコストは7000万ドルから9500万ドル(約83億円から113億円)と、今でこそやや安いものの、新型基幹ロケットの敵ではない。またプラトーンMは近年、年に1回ほど打ち上げに失敗しており、商業打ち上げ市場からは見放されつつある。ただ、ロシアは「アンガラーA5」という新型ロケットの開発を進めており、2020年ごろにプラトーンMの後継機として市場に投入される予定だ。アンガラーA5の価格がいくらになるかは不明だが、新型基幹ロケットのライヴァルとなる可能性はある。

インドの新型ロケット「GSLV Mk-III」は、静止トランスファー軌道に4tの打ち上げ能力を持つ。まだ開発中で、2014年末に試験機が1機打ち上げられたのみだが、インドのメディアの報道によれば、試験機の打ち上げにかかった費用は約15億5000万インド・ルピー(約29億円)とされる。この初打ち上げでは第3段はダミーだったが、その分のコストを上乗せすることを考えても驚異的な安さだ。

さらに中国も新型ロケット「長征五号」や「長征七号」の開発を進めている。どの程度の価格になるかはまだ不明で、また現在中国は、国際武器取引規制(ITAR)により、事実上海外の商業衛星の打ち上げができないが、無視できる相手ではない。

そしてつい先日の4月13日には、軍事衛星や米航空宇宙局(NASA)などの衛星を打ち上げる、米国にとっての基幹ロケットを運用しているユナイテッド・ローンチ・アライアンス社が、「ヴァルカン」という新型ロケットの開発計画を発表した。ヴァルカンでは第1段のロケット・エンジンを再使用することで打ち上げコストの引き下げを狙っている。同社では以前からエンジンを再使用する構想を暖めていたが、ファルコン9に触発され、ついに実行に移す決断を下したようだ。ヴァルカンの打ち上げコスト、価格がどれぐらいになるか、また商業打ち上げ市場に投入されるかどうかはまだわからないが、新型基幹ロケットのライヴァルとなる可能性は大いにある。

アリアン6 (C)ESA

打ち上げ後に地球に帰還するファルコン・ヘヴィの想像図 (C)SpaceX

GSLV Mk-III (C)ISRO

ヴァルカン (C)ULA

新型基幹ロケットが、もし目標通りの性能と価格を達成できたとすれば、これら世界の次世代ロケットの中で十分戦うことは可能だろう。ただ、もしファルコン9やヴァルカンが行おうとしている「ロケット(や一部の部品)を繰り返し再使用することで費用を下げる」という目論見が実現すれば、一気に蚊帳の外に追いやられてしまうことになるだろう。JAXAが三菱重工がこうした世界の流れにどう対応していくのか、例えばこのまま再使用は考えずにいくのか、あるいはいつか新型基幹ロケットにも着陸脚が装着されることになるのか、注目したいところだ。

新型基幹ロケットはまだ開発が始まったばかりで、これからも機体構成などが変わることはあるだろうし、また開発が進むにつれて、新しい情報も公開されていくだろう。今後も何か進展があり次第、お伝えしていきたい。

参考

・http://www.jaxa.jp/press/2015/04/20150410_rocket_j.pdf
・http://www.mhi.co.jp/technology/review/pdf/484/484040.pdf
・http://spacenews.com/42699esa-members-agree-to-build-ariane-
6-fund-station-through-2017/
・http://www.lefigaro.fr/sciences/2014/09/05/01008-20140905ARTFIG00351-ariane-6-la-version-de-la-derniere-chance.php
・http://tass.ru/en/non-political/789170