前回は「自然言語処理×AI」が実際にどのように活用されているのか、「離職の防止」と「不正の発見」を例に挙げ、その仕組みを解説しました。今回は、企業に日々寄せられる「VOC (Voice of Customer:お客様の声)」の分析での活用例を紹介します。
企業、特にコンシューマ向けビジネスの企業は、自社の商品やサービス、店舗やスタッフの行動に対して寄せられる意見・感想、クレームや感謝の言葉といったお客様の声は貴重なデータです。
多種多様なお客様の声を分析し、新たな商品開発やサービス向上、経営に役立てることは、企業において取り組むべき必須課題ともなっています。また、不満やクレームにつながりそうな声を、より初期の段階で検知し、的確な対応をとることで、レピュテーションやブランドイメージの低下といったリスクをマネジメントすることも重要です。
このように企業にとって大切なデータとなるお客様の声ですが、企業とお客様とのコミュニケーション機会が増えることで、データ量は日々増え続けています。
ある金融関連企業のコールセンターには、1日あたり7000件、1カ月にすると20万件ものお問い合わせを含めたお客様の声が寄せられています。この数を1つ1つ人間がチェックするのは、大変な作業です。
また、それらを漏れなく確認できたとしても、内容を正しく把握できなければ、適切な対応ができず、結局、意味のない作業となってしまいます。そこで活用できるのが、自然言語処理×AIです。
例えば、集められた「お客様の声」が、クレームのようなネガティブなものなのか、感謝やお褒めの言葉といったポジティブなものなのか分類し、適切な部署に届けたいとしましょう。内容を分類する方法としてすぐに思いつくのは、「キーワード検索」ではないでしょうか。
データ化された「お客様の声」に、自分が見つけたい単語を入力すれば、その単語を含む文章がヒットしますので、あまり漏れはなさそうです。一方、見つけたい単語が入った文章のパーツがすべてヒットしてしまうことが欠点となり、電話での会話やメールの内容全体で見て、それがネガティブな内容なのか、ポジティブな内容なのかすぐに見分けをつけることができず、結局全体を見直さないと把握できません。
以下は、感謝の連絡とクレームの連絡の例ですが、両方ともに同じ単語が使われていることがわかります。「クレーム」や「謝罪」といった言葉が出てくると、一見ネガティブな内容のような気がしますが、全体を確認すると左側は実は「感謝の声」だということがわかります。
また、キーワード検索で検索したいその単語自体に、複数の意味があるとさらに困難になります。さらに、連載の第1回のお話でも例に出しましたが、例えば「ヤバい」という言葉は「まずい」といったような良くない意味でも使われますが、最近では「すごい」や「良い」といったポジティブな意味で使われることも増えています。
キーワード検索には、このように内容の把握に限界があります。解決方法の1つとして単語ではなく、文章全体を学習して、類似性を見ることで文脈を判断する方法があります。
まず、実際過去にクレームにつながってしまったお客様の声のデータ数十件と、クレームではないお問い合わせなどのデータも同様に数十件、それぞれAIに学習させます。文章の長さは、100字から200字程度の短い文章で構いません。
AIが与えられたデータから単語の並びを学び、クレームの文章に似ているか、クレームではない文章に似ているかなどを全体を見て判別し、スコアリング(点数づけ)を行っていきます。
学習の段階で、それぞれのキーワードを把握することと同時に、キーワードの周りにある他の言葉も把握していくため、キーワードとなる言葉の多義性や揺らぎがあっても対応します。新しいデータをAIが判断する際、そのキーワードの周りにあった言葉も存在していれば、類似性が高いものとしてスコアリングしていきます。
最終的には、高スコアのデータ(=クレームの可能性が高いデータ)を人間の目で確認する必要はありますが、可能性の高いものだけを確認すれば良いため、確認作業にかかる工数負担を軽減することができます。
加えて、クレームにつながりそうかどうかの判断はオペレーターの経験や認知バイアスによって変わることも多く、判断にブレが生じてしまいがちです。そのため、対応すべき案件なのに対応しなかったり、報告が遅くなってしまったりということも起きがちです。
しかし、AIに判断基準を学ばせ、それに基づいてAIが判断することで、判断軸が常に一定でブレない評価を得ることができます。
あるコールセンターでは、クレームの報告漏れがないか、AIを使ってお客様の声を解析したところ、オペレーターがクレームとは判断していなかった声が、実はクレームとして対応しなければならなかった案件が次々と検知され、オペレーターの判断と比べて約6倍もの件数のクレームを検知し、内容を把握できたケースもありました。
この技術はメールやチャット、SNSなど、もともとテキストで残っているデータだけでなく、お客様との通話データをテキストに変換すれば、音声データも分析することが可能です。
把握すべき、また活用すべきコミュニケーションデータの量は、さまざまなツールの進化により増加する一方ですが、自然言語処理×AIを活用することで、より効率良く必要な情報を入手し、ビジネスに活かすことができるのです。
著者紹介
FRONTEO行動情報科学研究所
行動情報科学に基づいたビッグデータ解析および人工知能の研究開発を行っています。自然言語処理、機械学習の適用、アプリケーション開発などを推進し、サービスの運用から得られるユーザー体験を研究開発へとフィードバックすることで、開発のサイクルを加速し、社会に役立つ製品づくりに取り組んでいます。