2023年にコンシューマー向けスマートフォン事業からの撤退を発表した京セラ。現在は法人向けに特化した製品開発を進めているが、法人向けに事業を移したことで端末開発にはどのような変化が生じているのだろうか。京セラが新たに発表した法人向けスマートフォン「DIGNO SX4」などから確認してみよう。

建設・物流の次は医療がターゲット

円安や政府のスマートフォン値引き規制などによって、この上なく厳しい状況にある日本のスマートフォン市場。あまりの厳しさから2023年には国内のスマートフォンメーカーが相次いで撤退・経営破綻したことは記憶に新しいが、撤退した1社に挙げられるのが京セラである。

京セラはおよそ1年前となる2023年5月に、コンシューマー向けのスマートフォン事業から撤退することを発表。今後は法人向けに特化してスマートフォン事業を継続するとしていた。実際、京セラのスマートフォン事業は、2022年度には法人向けの比率が58%であったのが、コンシューマー向けからの撤退を表明した2023年度には63%に上昇。2024年度にはコンシューマー向け端末の供給と販売を完全に終了するとしていることから、法人向け比率は75%と、さらに上昇する見込みだという。

  • コンシューマー向けから撤退した京セラのスマートフォン新機種、何が変わったのか

    コンシューマー向けから撤退した京セラのスマートフォン事業における法人向けの比率は、2023年度で63%にまで拡大。2024年度は75%に達するというが

ただ京セラ自身はコンシューマー向けから撤退したと言っても、企業の要請によって開発した法人向けの端末がコンシューマー向けにも販売される場合がある。KDDIが販売している高耐久スマートフォンの「TORQUE」シリーズがその代表例と言え、2023年発売の「TORQUE G06」も、法人向けだけでなくコンシューマー向けにも販売がなされている。

また京セラによると、他にも一部のフィーチャーフォンはコンシューマー向けにも継続的提供しているとのこと。それゆえ今後も法人向けの比率が100%になることはないものの、80%くらいは法人向けが占めることになるようだ。

その京セラの法人向けスマートフォンというと、TORQUEシリーズや米国でも展開している「DuraForce」シリーズなどのように、堅牢で“ごつい”ボディの端末というイメージが強い。そのターゲットも建設や物流など、高耐久性を生かしやすい業種での利用が主と見られがちだ。

  • 間もなく10周年を迎える高耐久スマートフォン「TORQUE」シリーズはアウトドア向けのイメージが強いが、実は建設や物流など、法人向けの利用比率がかなり高いという

ただ京セラは、他の業種に向けた端末開発も進めているそうで、その1つとなるのが医療分野だ。医療の現場でも最近はデジタル化が求められていることからスマートフォンのニーズは高まっているが、医療従事者は外に出ることが少なく、しかも女性の比率も高いことから、TORQUEシリーズのような“ごつい”スマートフォンはニーズに合致しない。

そこで医療現場など、高耐久を強く求めない現場での活用に向けたデバイスとして、京セラが2024年6月18日に発表したのがスマートフォンの「DIGNO SX4」と、タブレットタイプの「DIGNO Tab2 5G」である。これらは「DIGNO」というブランドを冠しているように、従来コンシューマー向けに提供されていた京セラ製のデバイスに近い耐衝撃性や、ハンドソープで洗えるなどの特徴を備えているのだが、販売先が法人ということもあり、コンシューマー向けとは異なる設計がなされている部分が多い。

  • 法人向けスマートフォン新機種「DIGNO SX4」は、女性比率も高いという医療現場などに向けスタンダードなデザインで、ホワイトのモデルも用意している

コンシューマー向けとは全く異なるニーズと設計

その1つがNFCのアンテナの配置である。一般的なスマートフォンの多くは、NFCのアンテナが本体の中央付近に配置されている傾向にあるが、DIGNO SX4はいずれも本体上部に配置されている。またDIGNO Tab2 5Gは、ディスプレイの前面という、コンシューマー向けのタブレットでは考えにくい位置にNFCのアンテナを配置している。

  • タブレット新機種の「DIGNO Tab2 5G」は、前面のディスプレイ右上部分にNFCアンテナが配置されているという

その理由は「マイナ保険証」にあるという。2023年4月から医療機関でのマイナ保険証対応が義務化されており、2024年12月には紙の健康保険証の発行が終了するなど、医療の現場でマイナ保険証への対応が必要不可欠となっている。それゆえ医療機関の窓口だけでなく、訪問医療の際にも患者のマイナンバーカードを読み取る必要が出てきている。

新機種のNFCアンテナの配置は、そうした医療現場のニーズに応える狙いが大きい。DIGNO Tab2 5Gは患者が受け付けをしながらマイナンバーカードなどを読み取るため、DIGNO SX4はスマートフォンで場所を選ぶことなく、患者が提示するマイナンバーカードを読み取りやすくするために、コンシューマー向けとは異なる配置がなされているのだそうだ。

そしてもう1つ、コンシューマー向けとは異なる設計がなされているのが、長期間の利用に向けた部分だ。法人向けのデバイスはコンシューマー向けよりも長期間使われるため、DIGNO SX4では、京セラが従来力を入れてきた高耐久性だけにとどまらない、故障を生じさせにくい仕組みにも力が入れられている。

具体的にはバッテリーの安全性を高めるため、難燃性の高いインナーケースでバッテリーを保護し、衝撃などによるバッテリーの短絡を防ぐ仕組みが備わっているという。他にも端末の落下を検出し、ダメージの累積が機能に及ぼす影響を予測。自己診断アプリで故障を把握するなど、予防保全にも力が入れられているとのことだ。

  • DIGNO SX4はバッテリーの安全性向上のため、バッテリーを難燃性のインナーケースに入れることなどによって衝撃時の短絡を防止しているという

その一方で、コンシューマー向けで重視される端末性能などはかなり抑えられている。DIGNO SX4を例に挙げると、搭載するチップセットはメディアテック製の「Dimensity 6100+」で、5Gに対応するものの中ではエントリークラスというべき性能だ。RAMも4GBと、現行のAndroidを快適に動作させるには最小限レベルである。

それに加えて本体デザインを確認すると、ベゼル幅が非常に広くふた昔前のスマートフォンといった印象であるし、モバイル通信機能をカットしたWi-Fi通信専用の「DIGNO SX4 Wi-Fi」も提供するというのも、コンシューマー向けであれば考えられないことだ。法人需要であまり重視されない要素を最小限にとどめることで、コストを抑えることを重視しているのだろう。

  • DIGNO SX4の正面。最近のスマートフォンとしてはベゼル幅が非常に太く、かなり昔のスマートフォンという印象を受ける

ただそれだけコストを抑えたとしても、法人向けの端末はコンシューマー向けと比べ販売数が少なく、端末だけで稼ぐのは難しい。それだけに京セラは、端末を軸とした各業種向けのソリューションの開発も積極的に進めており、ソリューション全体での収益化に重点を置く方針のようだ。

こうして見ると、法人向けに特化した京セラのスマートフォンの開発方針が、コンシューマー向けと劇的に変化していることが分かる。地味だが確実性が高い法人向けに注力して京セラのスマートフォン事業が息を吹き返すことは、TORQUEシリーズの継続などにも少なからず影響してくるだけに、その事業拡大には大いに期待したい所だ。