これまで2回にわたり、「偵察機以外の偵察用資産」を紹介したが、締めくくりとして、陸上監視用と沿岸監視用の機材も取り上げてみよう。対象が異なるのだから当たり前といえば当たり前だが、航空機搭載用とは違った事情が垣間見える分野だ。
陸上監視用のセンサー
陸上で使用する無人センサー(UGS : Unmanned Ground Sensor)の監視相手は、人間や車両だから、可視光線用のカメラと赤外線センサーが主役になる。ただ、こうした分野でレーダーを用いる事例もある。
その一例がヘンゾルト製の「SPEXER」。アンテナを三脚に載せた構成で、必要な場所に持って行って据え付ける。監視対象は人間、車両、地表近くを飛行するUAVといったところだ。目視と違い、24時間フルタイム・全天候下での監視が可能になる利点がある。
地平線や地形・植生といった阻害要因がある陸上のこと。探知距離はそんなに長くなくても用が足りるが、分解能は高くしたいので、電波の周波数は高めのXバンドを用いている。「SPEXER 2000」の場合、最大探知距離は40kmとなっている。探知能力は目標のサイズによって異なり、そのデータも示されている。(参照 : SPEXER 2000のデータシート)
陸上に向けて使用するレーダーでは、探知目標の周辺や背後にある植生、建物、あるいは地形による反射(クラッター)が紛れ込む事態は避けられない。しかし、そのままでは本物の目標をスコープで読み取るのが極めて困難になってしまう。そこで、クラッターをどう処理するかというシグナル処理のノウハウがモノをいう。すると、シグナル処理を受け持つソフトウェアの出来が、誤探知の発生率を下げる際に重要になる、と考えられる。
また、長時間にわたって使用するものだから、低消費電力化も重要である。電気を食うと、それだけ大型の発電機が必要になるし、そうなれば道具立ては大がかりになる。しかも燃料補給の負担が増えて、機材一式の持ち歩きも面倒になる。いいことは何もない。
余談だが、「SPEXER 2000」からデータを取り出すためのインタフェースはギガビットEthernet。しかるべきソフトウェアさえ用意すれば、市販品のパーソナルコンピュータにデータを取り込んで利用できそうだ。
ただ、レーダーは昼夜を問わずに全天候下で使用できる一方で、苦手な分野もある。その一例が、ゆっくり動いている人間。
相手がそこそこの速度で走っている車両なら、ドップラー偏位を検出することで、動いている車両と、その背景を区別できると期待できる。しかし、人間のレーダー反射断面積(RCS : Radar Cross Section)は車輌より小さいし、移動速度も車両と比べると遅い。すると、背景と明確に識別できるほどに明瞭な反射波、あるいはドップラー偏位が生じるかどうかが怪しくなってくる。相手が、銃器のような目立つ金属物体を持っていれば、それがレーダー電波の反射源になってくれて具合が良い。しかし、常にそれを期待するのは虫が良すぎる。
そのため、施設の周縁警備や国境監視で使用する無人センサー・システムでは、人感センサー(motion detector)を使用するケースもある。人感センサーでは赤外線、超音波、可視光線といった検出手段を用いているが、軍用では24時間フルタイムで使えないと困るので、赤外線がメインになるようだ。
今時の分譲マンションなら大抵、玄関に人感センサー付きの照明を備えているだろう。ところがこれ、自分がセンサーの有効範囲内にいても、身体の動きを止めてしばらくすると、照明が消えてしまう。そこでちょっと身体を動かすと、また照明が点く。
このことから、人感センサーは赤外線の放射源ではなく「動き」を見ているのだとわかる。赤外線の有無だけを見ているのであれば、人体がそこにある限り、動いていようが止まっていようが検出するはずだ。
マンションの玄関に設置する人感センサーの探知可能範囲は、そんなに広いものではない(広すぎても困ってしまうが)。しかし、軍用の人感センサーは監視用だから事情が異なり、探知可能範囲の広さが重要になる。近くまで来てくれないと探知できないのでは、仕事にならない。それと同時に、 誤警報(false alarm)を抑え込むことも大事で、これはデータを処理するソフトウェアに依存する部分が大きい。
沿岸監視はどうするか
陸上監視の派生で、沿岸監視という用途もある。海岸線にセンサー機器を据え付けて、接近する艦船や人間などを監視しようというものだ。陸上から洋上捜索を行うという形態だから、使用するセンサー機器は艦艇が搭載する洋上捜索用センサー群との共通性が高くなる。
海上は陸上と違い、植生や地形が邪魔になることはない。しかし、天候による影響は受けるし、波浪がクラッターの発生源になる。もっとも、陸上から洋上をレーダーで監視する場合、やっていることは対水上レーダーと同じで据え付ける場所が違うだけだから、対水上レーダーのシグナル処理ノウハウを活用できる。
シンプルに考えれば、艦載用の対水上レーダーや電子光学/赤外線センサーを陸揚げすればOK、ということになりそうだ。ただし、陸上で使用するほうが可搬性の要求が強いので、艦載用をそのまま持ってくると大きすぎるだろう。
沿岸監視レーダーの製品事例としては、イスラエルのIAIエルタが製作している「EL/M-2226 ACSR(Advanced Coastal Surveillance Radar」がある。分解能を重視して、周波数は高めのXバンド。固定設置も車載も可能だという。
面白いのは、パルス波ではなく、周波数変調を使用する連続波(FMCW : Frequency Modulation Continuous Wave)を用いているところ。アンテナの形状も変わっていて、2段積みになっており、上段の反射器はやや下向き、下段の反射器はやや上向きになっている。対水上監視と低高度の対空監視を兼ねる設計か?
そういえば、シンガポールを訪れた時、東側の海岸線沿いに走る道路で「監視カメラ作動中」という警告看板がビシビシ出ていて、シンガポールという国の一面を見た思いがした。ただ、この場合の監視対象はあくまで陸上であって、それに「海から侵入した不審者も含む」ということだろう。すると、場所は確かに海沿いだが、沿岸監視というより陸上監視に分類するべきものであろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。