先日インターネットに「イキリ パス太郎」というニューヒーローが爆誕したようである。

名前に関しては文句なしにカッコいい。本人が使わないのなら私に5千円ぐらいで襲名させてくれないか、とすら思う。私はパスタが大好きなのだ、羨ましい。

しかし、名前の完成度とは裏腹に、その言動は賛否両論、どちらかというと否の方が多い状態である。

概要を説明すると、イキリパス太郎は某イタリアンレストランの店員(店長やオーナーではない)である。ある日のディナー時間、パス太郎の店に母子客(子供は中学生)がやってきた。予約客ではなかったが、席が空いていたので案内すると、その母子はこともあろうにパスタ2品のみを注文した。

「パス太郎は激怒した」

小説なら50ページぐらい飛ばして読んでしまったかな、と思うかもしれないが、これが大体のあらすじである。

意識の高低にかかわらず、勤め先ネタは気をつけよう

パス太郎曰く「リストランテのディナーでコースを頼まないなんて非常識」なのだそうだ。しかし、我らがパス太郎、すぐにこの邪知暴虐の母子を除いたりはしなかった。

リストランテなのでパスタのみのオーダーは受け付けていない、最低料金を下回る場合は席料をもらう旨をパス太郎は説明した。すると、母親は言うにこと欠いて「二人ともあまりお腹が空いていないんですけど」と答えたそうだ。

だったら何しに来たのだ、とパス太郎は再メロスである。パス太郎曰く、長い歳月をかけて修行し勉強している料理人とレストランに対し「お腹がすいていない」などというのは侮辱以外の何物でもないそうだ。

さらに、予算がないのは仕方ないが、だったら最初から、ネットなどで店の情報を調べて、ファミレスとかコンビニ(笑)とか身の丈にあった店に行くべきである、と続け、この母子に限らず、日本人は食に対する意識が低い、改善すべきと締めくくっている。

パス太郎のアカウントはすでに削除されているようだが、店は当然特定班により光の速さで割りだされたようだ。実際の店は見るからに高級店というわけではなく、割と庶民的なイタリアンレストランだという。

パス太郎の主張の良し悪しは置いておいて、店の評判が下がったのだけは確かだ。よってパス太郎は食材で遊ぶモラルの低いタイプとは逆に、意識が高すぎて店に熱い風評被害をもたらした「バカッター」の一種として分類されている。

パス太郎の物語から学べるのは「自分の勤め先のことなどSNSに書くもんじゃねえ」ということである。特に接客業は、どれだけアバンギャルドな客が来たとしても「店員が客の悪口をSNSに書く時点でスリーアウト」と見なす人もいる。「ディナー時間予約してない母子がジープで店に突っ込んできてパスタだけ頼んだが、どうやら腹は減っていないようである」という「SNSにでも書かなければ情報を整理できない」という場合以外は、黙っておくか、スタッフルームで愚痴るぐらいにした方が吉である。

もう一つパス太郎が批判されたのは、客に対して以前に「人に優しくない」という点かもしれない。

「優しい」ことも格調高さの内だと思うんだよね

このパス太郎の物語は、母子視点になるとすごくつらいのである。

格調高い店が悪いわけではない、そういう店が存在しなったら、どこでお誕生会やプロポーズ、首脳会談やベッドインをワンチャン狙ったパパ活をしたら良いかわからない。しかし、問題なのは何でもない日に、そういう店に迷い込んでしまった時である。

モノホンの格調高い店になると、会員制は当たり前、看板すらなく、タクシーでしか到着不可能だったり、果ては「隠しボタン」を押さないと入店できなかったりするという。

そういう店に間違って入るというのは、他人の家に間違って入るぐらい確率が低いし、タクシーに乗れる身分でなければ確実に入ることはない。隠しボタンの店は、万が一ということもあるが、そのぐらい格調高い店になると、ボタンまでに中ボスを2体ぐらい倒さないといけないだろうから、やはり入ってしまうことは少ないだろう

しかし「微妙な高級店」というのは、間違って入ってしまうことが結構あるのだ。

母子の母親は、メニューを見た時点で「間違った」と気づいたのかもしれない。しかし「間違えました」と出て行くのは勇気がいる。

よって、不意に入ってしまった高級すし店で「鯖が美味い季節だから」と小芝居を交えながら、しめ鯖だけ食って帰ろうとするように、侮辱ではなくむしろ入店してしまった礼儀として、パスタだけで退散しようと思ったのではないか。

その作戦を「パスタだけはダメです」と詰められ、とっさに出た言い訳が「お腹すいてない」だったのではないか。本当は空腹だったかもしれないが「お金がないので」とはなかなか言えない。もしそう言ってしまったら、中学生の子供も相当キツイ思いをする。

そういう高級店に間違えて入った時、気になるのは会計がいくらになるのか、そして「店員に場違いな奴がきたと、バカにされていないか」という点である。もはや料理など何を食っても油粘土にしか感じられない。

いわば迷子と同じで不安でいっぱいなのである。迷子に対し「うちのデバ―トは格調高いので、名前をフルネームで言えない子の迷子放送はしません」と言うのは「優しくない」としか言いようがない。

むしろ。そういう迷子にも恥をかかせず快く食事をさせた方が「さすが高級店さんやで」となる気がする。

迷子に来られては困るというレベルの店は、完全予約制か入口までに最低中ボスを3体ぐらい置いて、間違って入らないようにしてほしい。

その方が店も迷子も幸せである。