かつて老の昔話と言えば「戦争」だったが、戦争経験者もすでに鬼籍の方も多く、存命者も相当高齢のため、毎回登場人物と設定が異なるようになり「ためになる話だった」と思う一方で、これマジの話なんかな度が上がってきていると思われる。

そんな異世界ファンタジー化する戦争の話に代わり、今の若からは想像できない老の繰り言としておなじみになってきているのが「昔の夏は今ほど過酷ではなかった話」だろう。

もうお前の「昔の小学生はプールが寒くて震えてた」話はこりごりだと思っている若も多いとは思うが、このタイプの老は「昔の夏は今より過ごしやすかった」ということをしつこく記憶しているだけマシだと思ってほしい。

真の夏老害とは、今の夏が昔の夏と別物だということを忘れている割に「自分の子供時代はエアコンなどおいそれと使わなかった」の部分だけ強烈に覚えており、今の若を我慢が足りないと言ったり、ノーエアコンを強いて、自分が真っ先に倒れたりする老である。

それに比べれば、今の夏が昔と違うことを自覚し、むしろ事務所の温度を誰よりも下げ、女子社員にカーディガンとブランケットを夏の標準装備にさせたり、冬毛を生やさせたりする老の方がまだマシなのだ。

プールサイドの子供たちを襲うのが「寒気」から「やけど」に

  • 令和の酷暑は老いも若きも平等に焼き尽くす…

ちなみに老の語る「夏の日本昔ばなし」は事実であり、私の子供時代もエアコンは滅多に使うものではなく、そもそもエアコンと言う言葉すらなく「クーラー」と呼ばれていた。

「クーラー」が登場するのはよほどの猛暑日なのだが、その猛暑も「30度」ぐらいだったのである。

そもそもクーラーをつけるか否か判断する私の親はクーラーをクレジットカードぐらい「忌避」していた節すらある。

何故、クーラーを忌み嫌っていたかというと、今のエアコンよりも当時のクーラーは電気代がかかったというのもあるが、当時クーラーは「体に悪い」というイメージが強く「クーラーをつけっぱなしにして寝ると死ぬ」という、脅しにすら使われるなまはげ的存在だったのだ。

実際、クーラーは体に良いとは言えないし、エアコン18度設定の中、全身ずぶぬれの全裸で就寝したら死なないとも言い切れない。

しかし現在は、エアコンをつけない方が体に悪いし、クーラーをつけて死ぬ奴より、つけずに死ぬ奴の方が圧倒的に多いのだ。

昔であれば、子供にノークーラーを強いるのは普通であり、実際それで耐えられるレベルの気温だったのだが、今そんなことをしたら虐待と言われかねない。

ちなみに、昔の子供がプールで震えていたのも事実である、プール開きである6月下旬はまだプールに入れるような暑さではなかった。

しかし今は、プールサイドに体育座りしただけで全員がケツを火傷するため「暑すぎてプール中止」の方が主流なのだ。

夏の暑さに関する時代錯誤は命にかかわる、早急に認識を改め、環境や制度も変えていくべきだろう。

休む方が難しい、摩訶不思議な日本の労働現場

今の学校がどうなっているか、私にはわからないし、どうなっているかを見に行くと暑い中国家権力を出動させることとなり、熱中症対策的にも税金的にもよくないので取材は控えるが、少なくとも私が小学生の時と暑さに対する対処が同じではないだろう。

また学校だけでなく「職場」も同様であり、ついに今年、労働安全衛生規則に「熱中症対策」の義務化が追加され、怠った事業者は6か月の懲役と50万円の罰金を科せられるようになった。

ちなみに対象は、建設や運送など外で働かざるを得ない労働者である。

確かに事務所の人間は言われなくても常時エアコンの効いた部屋で仕事をしているし、むしろ外作業者のために入口に置いてある塩飴を誰よりも食って血圧を上げていたりする。

それに対して、屋外労働者は外というだけで熱中症のリスクが高まるし、休憩をちゃんとしろと言っても「ちゃんと休憩できる場」が見つからない場合もある。

まず「どこ行っても暑い」場合も多いし「警察がコンビニで買い物をしていた」など、いざという時自分を助けてくれる存在を餓死させようとする苦情があったという話も聞く。

気温はホットでも「労働者の休憩」に対して異常にクールな視線は存在する、いくら「休憩を取れ」と言われても「休憩しづらい環境」では、休憩が疎かになり、休んでも十分な休憩にならない。

よって、運送用の車に冷蔵庫を取り付けたり、建設現場に、休憩所や休憩用の車を用意したりと、義務を守れるように環境の整備に取り組む事業所が増えているようだ。

しかしサボらないように指導するならわかるが「休むのに指導が必要」というのも不思議な話であり、「休憩を義務化」という言葉自体、他国から見れば「呼吸しなきゃ殺す」ぐらい意味不明なことなのかもしれない。

いかに今まで日本が「休」を悪と捉えてきたか、という話である。

実際老の日本昔はなしの中には「部活中勝手に水を飲むと怒られた」という、休憩は悪文化もよく登場すると思う。

だが私個人の記憶だけで言うと、休憩に厳しかったのは教師ではなく「パイセン」だった気がする。

暑さに対する認識は変わっても「縦社会」はそう簡単に変わらない、適切な休憩を全員に取らせるには、まずパイセンポジである老たちが率先してエアコンの効いた部屋で水をがぶ飲みしてみせなければならない。