見つかった隠れ家

飲食店クチコミサイト「食べログ」が、またまた訴えられました。今回は「秘密の隠れ家」をコンセプトとするバーです。食べログを通じてネットに公開されては、秘密でも隠れ家でもなくなります。店の趣旨を伝え、削除を求めたのですが、食べログ側は「表現の自由」を理由に掲載を続けます。昨年は「料理がでてくるのが遅い」「美味しくない」などと投稿されたことにより、客足が激減したと札幌市内の男性が食べログを提訴。このときも食べログ側は「表現の自由」から要求を突っぱねました。

わたしも物書きの端くれ。表現の自由の大切さを声高に叫んだりもしますが、食べログの掲げる「表現の自由」に首をひねるのは「表現の自由0.2」だからです。

食べログを巡る飲食店側の本音のひとつは、炎上騒ぎへと発展した川越達也氏の発言に見つけます。川越達也氏とは「msn産経ニュース」によれば「イケメン人気シェフ」。彼の容姿の描写は「表現の自由」なので論評は控えておきますが、その彼がニュースサイト「日刊サイゾー」のインタビューで「食べログ」について問われ、次のように答えました。

川越シェフの真実

"くだらないです(即答)。僕は興味もないし、何をわかって書いてるの? と思いますね。人を年収で判断してはいけないと思いますが、年収300万円、400万円の人が高級店に行って批判を書き込むこともあると思うんです。(サイゾーより引用"

論旨は「貧乏人は悪口を書く」ということでしょうか。年収という切り口は、ネットの住民にとって極めて発火点の低い燃料。炎上しないほうが無理というものです。

ただしそれはネットのなかでの話し。リアルにおいてはベタ記事相当のネタで、ワイドショーで取り上げたとしても、電話による釈明や、「直撃」を装った「ぶらさがり」で処理するレベルの「舌禍」に過ぎません。なぜなら所得による客の選別は「営業方針」であり、その広言も同じくで、それこそ「表現の自由」で保証された権利です。ところがフジテレビ「とくダネ!」は、丁寧に騒動を紹介し、巷の声を集め、本人にも充分な尺を与えて自説を開陳させ、MCの小倉智昭氏がフォローするという手の込んだ「釈明コーナー」を放送しました。フジテレビと言えば、社員の平均年収が1500万円と噂され、元同局アナウンサーの長谷川豊氏が著書で告白した「新人扱い」の年収が680万円。仮にフジテレビ社員である番組ディレクターが、親しい店の苦境を助けるためと「電波の私物化」をしたなら憤りを感じるところですが、放送内容の8割がタイアップと自己宣伝のフジテレビにとって、むしろ「通常放送」なのかもしれません。

書き込む人の正体

飲食店の本音に戻ります。川越氏の発言の「何を分かっている?」という箇所です。行列ができる焼き肉店の客単価は5000~6000円程度で肉の質と味には定評があり、名高い中華料理店の総料理長が、わざわざ行列に並んで食べに来るほどで、世界的グルメガイドでナンバーワンをとったこともあります。ところが食べ放題の焼肉店や、ファミリー焼肉チェーンの価格だけを比較し、高いと文句をいう人がいます。飲食店の本音とはこうした「クチコミ」に「分かっているのか?」と問いたくなるというものです。しかし、こうした的外れな批判も「表現の自由」で保護されています。

わたしのところにも、ネットの書き込みに関する相談は多く寄せられます。店頭でネットに書かれた悪口(クチコミ)を訊ねられると答えに窮することが多いのです。事実無根の誹謗中傷は「悪魔の証明」です。そんな時は次のように答えるようアドバイスしています。

「わざわざネットに書き込む人は目的があるんですよね」

来店した客のすべてが書き込んでいないことは、ちょっと想像してみればわかることで、不満をもたない大半の客はネットに書き込みなどしないと促すのです。

それは表現の自由ではない

食べログが守ろうとする「表現の自由」とは、悪口を言いたい人の権利…でしょうか? 実はこれも違うようです。仮に飲食店からの削除要請を受けた食べログが、投稿者に店側からの苦情を伝え、自主的な削除の可否を問い、表現の自由だと拒否されたというのなら筋は通ります。しかし、「表現者」の意向も尋ねず、拒否していたとするなら、守りたいのは「表現の自由」ではなく「食べログの利益」です。確認作業によるコスト増を嫌い、削除による情報量の減少から逃れるという自己利益のために持ちだした「表現の自由」とは「0.2」です。

食べログが「表現の自由」を理由に拒否するのは、「最高裁まで争うため」とする識者の声もあります。主観によるものは判断が分かれますし、多くの飲食店は経営基盤が弱く、長期にわたる裁判費用に耐えられないと、足元を見ているという見立てです。ならば、飲食店側は「プロバイダー責任制限法」で戦うのはどうでしょうか。損害賠償はとれませんが、この法律は誹謗中傷に代表される「権利侵害」の表現者=投稿者の身元情報を「開示請求」させることができます。冒頭の「隠れ家」を投稿した犯人を割り出し出入り禁止に処すなり、説得して投稿を削除させることで被害の拡大を目指すのです。この法律は罰則がないことからザル法と揶揄する声もあります。しかし、食べログが手段を講じず、これを拒否すれば

「プロバイダー責任制限法を拒否する食べログ」

とクチコミを拡散することができます。もちろん「表現の自由」で保証されており、遵法精神にもとる行動を拡散することの公益性は高く、ネットで商売する彼らにとって致命的な「クチコミ」となることでしょう。

エンタープライズ1.0への箴言


「悪口を書くのは悪口を書きたい人」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」