東京・文京区の鹿島道路 本社ビル

限られた時間で自社製品を効果的にアピールできるツールとして、多くの製薬会社ではMR(医薬情報担当者)のプレゼンツールとしてiPadを活用しているが、鹿島道路はこの営業ノウハウを地方自治体向け営業の促進策に採用して成果を上げている。

公共事業の受注を目的に地方自治体を訪問する建設業各社の営業担当者にとって、工事の発注担当者に詳しい話を聞いてもらうのは、年々困難になっている。公共事業予算の縮小による案件減少に加え、発注担当者には特定の業者と頻繁に面談するのは好ましくないという公務員ならではの意識もある。

鹿島道路 営業本部 技術営業部長 営業推進部長 佐藤喜久氏

「主たる営業先である地方自治体などで、なかなか受付カウンターの中に入れてもらえないという課題が当社にもありました。やむなくカウンター越しに工事実績や新工法のメリットなどを説明するのですが、従来の紙パンフレットよりもインパクトのある営業ツールとしてiPadを使ってみたところ、非常に効果が上がりました」と語るのは、道路の舗装工事をコアビジネスとする鹿島道路で技術営業部長、営業推進部長を兼任する佐藤喜久氏である。

iPadのアピール力は営業に使えるぞ!

佐藤氏の脳裏に『iPad=営業ツール』というアイディアがひらめいたのは、iPadを使ったマジックをテレビで見たのがきっかけだった。

「iPadのずば抜けたアピール能力を営業活動に利用すれば、いままで迷惑顔をしていたお客さまも興味を持って話を聞いてくれるはずだ」。そう確信した佐藤氏は、さっそく情報システム部門にiPadの使用を提案した。

鹿島道路 管理本部 情報システム部 次長 馬場良憲氏

技術営業部からの要望とは別に、情報システム部でも独自に『重い・遅い・電池が持たない』ノートパソコンを補完できるデバイスの検討を2011年4月から開始していた。その意図を管理本部 情報システム部 次長 馬場良憲氏は次のように振り返る。

「将来的にタブレット端末を使った営業スタイルが普及するだろうと判断し、それを先取りしたいという思いがありました。そこでタブレット端末はビジネスツールとして何ができるかを検証したのです」(馬場氏)

複数メーカーのタブレット端末を検証した末、同社が最終的に選定したのはiPadだった。その決め手は、洗練されたユーザーインタフェースと操作性、iOSのセキュリティ性能だった。マイクロソフトのOffice製品で作成したファイルの利用に少し不安はあったが、PDF化すれば問題ない。SSL-VPNで社内ネットワークに入ることも問題なく、外出先からメールをチェックしたり、社内で運用しているWebシステムを使って申請・承認業務も可能になる。そこでiPadの導入が正式に決まり、現在は29台を業務現場で活用している。

動画を活用した新しい営業スタイルを確立

iPadの主な配付先である技術営業部とは、自社固有の特殊商品や新商品の紹介や営業活動、開発技術の商品化などを行う部門だ。専門性の高い施工技術のメリットを顧客に分かりやすく説明するのが主たる任務である。

「iPadを使った営業活動に対するお客さまの反応は、『分かりやすかった』『すごいですね』などと非常に良かったです。まだ建設業界では珍しいデバイスなので、多くのお客さまに興味を持ってもらえます」と、佐藤氏はその効果に手ごたえを感じている。

プレゼンテーション資料は、あらかじめWindowsパソコンを使いPowerPointで作成したものをPDF化してiPadに取り込む。こうすることで資料の小さな文字や図、写真などを拡大して説明できるようになる。

「当社の施工した舗装の表面がどれだけの品質なのか、写真を拡大して確認してもらっています。施工前にあった舗装のクラックが施工後に消えていることなどを視覚的にアピールするのに、iPadはとても有効です」(佐藤氏)

道路舗装面の施工前と施工1年後の比較

工事を受注できるか否かは、自社ならではの特殊工法をどれだけアピールできるかにかかっていると佐藤氏はいう。

例えば、簡単かつ安価にできる道路の補修工法「ヒートスティック工法」は他社の追随を許さない同社の代表的な工法だ。舗装表面を削り取っていた従来工法の工程を不要とし、代わりに路面をヒーターで温めて、その上に直接アスファルトを接着する。これにより低コストかつ高い耐久性を実現している。

ヒートスティック工法の概要図

「こうした工法の施工現場に技術営業の担当者自身がiPadを持って出かけていき、自分で動画を撮影し、お客さまに対面してiPadで再生しています。実際に作業者が動いて舗装ができていく映像を見てもらうことで、工法の理解も進み、優位性をアピールしやすくなります」(佐藤氏)

ヒートスティック工法の工事現場

こうしたインパクトのある映像や資料をカウンター越しに見せることで、次回のアポイントを取りやすくなり、訪問回数は増加しているという。また、特殊工事の単価表や標準見積書もiPadに格納しているので、顧客からの質問にも素早く回答できるようになった。

鹿島道路 管理本部 情報システム部 業務管理課 大瀧浩史氏

「バッテリーの持続時間と起動の早さについても、営業担当者からの評価は高かったです。ノートパソコンを使って施工データを顧客先で見せていた頃は、朝から複数のお客さま先を訪問すると、たいてい午前中にはバッテリー切れを起こしていました。また、パソコンが起動するまでの待ち時間を世間話でつながなくてはなりません。単刀直入に商談を切り出せないので、いつのまにか会話の論点がずれてしまうこともありました」と語るのは、管理本部 情報システム部 業務管理課 大瀧浩史氏だ。情報システム部で想定していたiPadのメリットは、狙いどおり営業担当者の業務改善に結びついた。

検証フェーズから活用フェーズへ移行を加速中

iPad導入による業務改善効果が明らかになったことで、各支店の全営業担当者への配付も視野に入ってきた。プレゼンテーション力の向上に加えて、同社がiPadに期待をかけているのは営業担当者のスキル向上だ。技術営業部の課題は、担当者によって説明の得意な分野と不得意な分野があること。

「お客さまから工法についてどんな質問をされてもきちんと回答できるように、自社の施工技術などの商品知識を高めておかないと、iPadを使った営業スタイルを生かせないと感じています。そのため、iPadを配付する際には基本的な資料をすべてコピーした状態で渡しています。iPadに対する好奇心をきっかけにして、営業担当者が商品知識を習得するモチベーション向上にiPadが寄与してくれると期待しています」(佐藤氏)

各支店に1台のiPadを配付して業務利用の検証を行ってきたが、情報システム部で管理しているMDM(モバイルデバイス管理)のログデータによれば、iPadの活用率は80%以上になるという。こうした実績を踏まえ、今後はiPadの配付範囲をより多くの営業担当者に拡大していく予定だ。

情報システム部では、技術営業部以外へのiPad活用も検討中だ。特に生産現場の管理業務は紙の管理表を使った記録や確認を行っているが、こうした業務も積極的に電子化していきたいという。そこでネックとなるのは、建設業ならではの過酷な使用状況だ。

「生産系の現場管理にiPadを活用できる分野はあると思っています。ただ、現場でiPadを使用するには防水性や耐久性をかなり高めないといけません。工事現場での使用に耐える優れた保護カバーが必要です。また、重機の整備をする部門では、整備記録を紙から電子フォーマットに切り替えれば大幅な業務効率の向上につながるのですが、作業員は油で汚れた手で操作するのでiPadの画面を保護する対策が必要になります。ほかにも、資材運搬用のダンプカーにiPhoneやiPadを搭載して、配車の指示と地図によるルート確認、GPSでの位置情報確認なども検討しています」(大瀧)

こうした課題をひとつひとつ乗り越えていくことで、建設業ならではのiPad活用ノウハウが蓄積していき、それが同社の新たな競争力になっていくだろう。