漁師に出会って人間性が180度変わった女子大生

先日、平日の夜に大学2年生とお茶をしながらキャリア相談にのる機会があった。その話の中で教えてもらった、友人のエピソードの紹介から始める。

その友人も大学2年生の女性。大学生活の中で「将来の夢や目標を持つべきだ」というプレッシャーを受けながら、社会人に面会したり、サークル活動をしたりなど活動の幅を広げてみるが、なかなか素晴らしい出会いに巡り合えず悶々とした大学生活を過ごしていた。

しかし、とある企画で漁師に出会った。それまで、漁師に出会ったことがなかった彼女がしばらく漁師と一緒に時間を過ごすうちに、すっかり漁師の人柄や自然の厳しさに立ち向かう様子にすっかり魅せられてしまった。

その後は、「いかに漁師のリアルを世の中に知ってもらえるか」というテーマを持ち、自分自身でサークルを立ち上げ15人の仲間を得て、活動を進めている。友人曰く、漁師に出会う前は、(言い方は悪いけれど、と前置きしつつ)流されているように生きてきたけれど、漁師との出会いを経たおかげで、自分の人生には目的が生まれ、主体的に動くことができ、まるで人間性が180度変わったというのだ。

「士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべし」である。

震災後の東北で価値観を揺さぶられたHBSの学生

東日本大震災の後には彼女と同様の経験をした日本人・外国人が多くいたと聞いている。筆者も同じような経験をした1人である。今までまったく知らない世界の人だった、いわゆる「ド田舎」に住む人たち、特に漁師や農家などの第1次産業の生産者のリアルライフに魅せられた都会出身者が多くいた。また、生産者でなくとも自然を愛し自然とともに生きてきた人々、震災をきっかけに多くの思いがあふれた人々との交流を通じて、人生や仕事の価値観を大いに揺さぶられた都会出身者も多くいた。

その例として興味深いのが、ハーバードビジネススクール(HBS)の学生たちである。

友人の山崎繭加さんから紹介してもらったエピソードが非常に興味深かったのだが、HBSの学生たちが大学院の公式プログラムの一環で日本の東北地方を訪れ、それによって仕事の価値観を揺さぶられ、非常によい影響を受けており、人気プログラムとして定着しつつあるというのだ。

はたして、HBSの学生にとって何が学ぶべきものだったのか、それは主に「仕事の価値観」だったとのことだ。

HBSでは、当然のように企業が成長するために売上と利益を最大化する選択をするのが常識となっているところ、東北では売上と利益を犠牲にしても別のことを優先する人がたくさんいる。それが地域の発展であり、より長期的な未来を重視しているということだ。「自分が死んだあとの未来に何を残せるのか」ということを真剣に考えるその姿勢に、HBSの学生は刺激を受けるのである(詳細は、彼女の著書『ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのか』を参照いただきたい)。

陸前高田で地方に行くだけでは得られない価値観に触れる

これら大学2年生の話、またHBSの東北での学びの話に共通するのは、自分が今まで接したことがない場所で新しい価値観に出会うことで大きな影響を受けていること、そしてそれは比較的短期間での体験でも人生の価値観を変えるほどの経験をしていることだ。このような体験をもっと多くの人に提供できないものか。そのような思いから生まれたのが、TEXである。

TEXはTrue Experience の略。どっぷり浸かりきる経験、の意味である。HBSのプログラムを参考にケーススタディの形式をとり、そのケースの題材の人に会い、その人の住む場所を訪れ、経験したことを追いかけ、議論する多世代の相手がいる。ただ地方に行くだけでは得られない価値観に触れる機会、簡単に答えがでない環境の中で悩む機会。

2018年2月に、岩手県陸前高田市でトライアルを実施した。大学生約30名と社会人約15名による参加の中、陸前高田で生きる経営者をケースの題材に、陸前高田で起こったことを知り、その土地の空気を吸い、実際に会って話をして考えた。

そんな4日間のプログラムを経て、参加者の皆さんからとても有意義な経験だったというコメントをいただき、トライアルとしての実施は成功だった。そして、第2回が前回と同様に陸前高田市にて2018年12月に開催される。さらに学びを深める会となるだろう。興味のある方は、学生・社会人問わずこちらのページから概要をご覧いただきたい。

ぜひ、日本中がそのような体験の現場となり、それを提供する人が日本全国にいるような社会をつくっていきたいと思っている。研修でもなく、旅行でもない。その土地と人に出会い、新しい価値観に触れる。日本全国にはそのような価値観が多くあり、そして広く知られていないことが多いことを知っている。

これからの人材開発にとって大事なこと

まとめると、これからの人材開発にとって大事なことは、「ビジョンに共感し、ご縁があった組織や環境で、長い社会人生活を考慮した上で、全力で頑張ること」である。

共感できるビジョンは、そう簡単には出会えないものだろうが、冒頭の大学2年生が漁師に出会ったような新たな価値観を得られる出会いが鍵となるであろう。「全く違う環境に身を置き、新しい知恵に出会う」ことが最も近道だと考えている。

同時に重要なことは、人生をかけて1つのテーマを追い続ける必要はない、ということである。よく学生から「将来やりたいことがないのですが、どうしたらいいですか?」という質問に対する答えとして、「いま自分が好きなことをとことんやり続けなさい」というアドバイスをする方がいるが、これは正しくないアドバイスだと思っている。

むしろ、まず前提として、「世の中には、好きになるくらい面白いことがたくさんある」こと、また学生にかかわらず多くの人間は「その面白いほとんどにまだ出会っていないこと」を伝えるべきである。これから生きていくと、面白いと思えることにたくさん出会う。今までは、社会人生活はある程度短かかったが、これからは自分の好きなことに向かい続けることができるほど人生は長くなる。そして多くの場合、自分のやりたいことは、自分のチャレンジの延長にあるため、無理なく新しいテーマに向き合うことができる。

これが、「ビジョンに共感し、ご縁があった組織や環境で、長い社会人生活を考慮した上で、全力で頑張ること」だと考えている。

筆者自身は、東日本大震災がきっかけで東北と縁が生まれ、そこで出会ったビジョンに心が動き、今はポケットマルシェというチャレンジにどっぷり浸かっている。

著者プロフィール

山口幹生


株式会社セルム 株式会社ファーストキャリア新規事業担当
株式会社ポケットマルシェ取締役、山口商店合同会社代表
東京大学運動会ラクロス部男子 ジェネラルマネージャー

東京大学経済学部を卒業後、大手電機メーカーの経営企画、RCF復興支援チームにて復興支援事業に従事。経営コンサルティング会社を経て、2017年4月に山口商店合同会社を設立