「抹茶版エスプレッソマシン」として、アメリカで2020年10月に発売された「Cuzen Matcha(空禅抹茶)」。日本人がアメリカで立ち上げたスタートアップ企業・World Matchaが手がけた製品だ。

  • 日本人がアメリカで立ち上げたスタートアップ企業・World Matchaが開発した抹茶のエスプレッソマシン「Cuzen Matcha(空禅抹茶)」。2020年秋のアメリカ展開に続き、2021年夏、日本でも発売になった

    日本人がアメリカで立ち上げたスタートアップ企業・World Matchaが開発した抹茶のエスプレッソマシン「Cuzen Matcha(空禅抹茶)」。2020年秋のアメリカ展開に続き、2021年夏、日本でも発売になった

アメリカで2020年に発売した後、日本にも2021年夏、いわば逆輸入のようなかたちで上陸を果たした。同製品の企画・開発に至った経緯をはじめ、デザインに対するこだわりや、発売までの秘話について、World Matcha CEOの塚田英次郎氏に伺った。

「本格的な抹茶」を身近にするために

もともと、抹茶は日本の食文化。それがアメリカで先行発売された背景には、塚田氏のこれまでの経歴や、そこから知りえたニーズなどがあった。

塚田氏の前職は日本の大手飲料メーカー・サントリー。大ヒット商品「伊右衛門 特茶」をはじめ、新商品や新規事業開発に長年に携わってきた。2018年には、サンフランシスコにオープンした抹茶専門カフェ「Stonemill Matcha」立ち上げの中心となり、「アメリカにおける抹茶のニーズを確信した」と話す。

塚田氏によると、近年アメリカではコーヒーの過剰摂取による健康問題に注目が集まり、健康志向の高い人を中心に、コーヒーの代替飲料としての抹茶への期待が高まっているそうだ。

「抹茶はカフェインがなだらかに作用し、抗酸化作用が強いことなどを、意識の高いアメリカ人はよく知っていて、抹茶を健康のために取り入れています。さらに、抹茶は日本文化を感じさせるオーセンティックなものと捉えています」

一方、緑茶や抹茶の本場である日本では、抹茶をたてて飲む人は少なく、ペットボトル入りのお茶がスタンダードとして定着している。塚田氏は「急須からお茶を淹れて飲む機会が少なくなって、一番茶など高品質の茶葉の需要が減少したことで、生産者は茶葉の低価格化に苦しんでいる状況です」と語りつつ、次のように続けた。

「ペットボトルのお茶は、抽出後に加熱殺菌をしなければならず、淹れたてのお茶の味わいを実現することはできません。お茶本来のおいしさを知らない人が増えていくのはもったいない。アメリカ人が価値を見出しているお茶を日本人を含めて世界中の人たちに飲んでもらいたい。誰でも簡単に、家庭でおいしい抹茶を飲めるようにするためのマシンを作ろうと考えました」(塚田氏)

こうした思いから生まれたのが、エスプレッソマシンのように本格的な抹茶を淹れられるCuzen Matchaだ。茶葉から臼(うす)でひいた粉末を水と混ぜ合わせることで、本格的な味わいを実現している。

「禅」と「和」を表現したプロダクトデザイン

  • Cuzen Matchaの本体デザインには、「和」というキーワードを発展させてたどり着いた、「円」のイメージを落としこんだ。茶室の円窓もヒントになっている

    Cuzen Matchaの本体デザインには、「和」というキーワードを発展させてたどり着いた、「円」のイメージを落としこんだ。茶室の円窓もヒントになっている

2019年に起業し、Cuzen Matchaの開発に着手した塚田氏だが、当初からマシンのデザイン性を非常に重視していた。

「プロダクトデザインの重要性は、前職(サントリー)時代から理解していました。いいデザインというのは、『伝わるデザイン』です。作り手側はあらかじめ、ユーザーの利用シーンやどんなふうに使ってほしいかなどイメージを思い浮かべながら開発していくのですが、それを毎回、1人ひとりに説明するわけにはいきません。そこで、Cuzen Matchaに限らず、プロダクトデザインは人々がすでに記憶の中に持っているイメージを利用しながら、一目でそれを想起させるように、こちらの狙いをデザインに反映することが大切になります。Cuzen Matchaの開発にあたって、我々の中には『日々の暮らしの中に、おいしいお茶をお届けしたい』という想いがあって、その先に『Zen(調和のとれた)』の空間とか、平穏(ピースフル)な状態といったものをイメージしていたので、マシンのデザインからもそれが伝わるように試行錯誤しました」(塚田氏)

開発陣の「思い」を反映したCuzen Matchaのデザインは、四角い箱の中に円状の穴が空いた、象徴的かつ独特なものとなった。「禅」をイメージし、茶室の円窓と茶筒から着想を得てたどり着いたデザインで、「和」のキーワードとそれを表した円のモチーフがキーになっている。

「抹茶に関して、最初から円のイメージがあったんです。私の思いとして、抹茶は極めて『和』なものという認識がまずありました。『和』という漢字には、和むとか、和らぐとかそういう意味もありますし、調和とか平和といった言葉にもつながって、さまざまなものが『和』のイメージで表現されると思います。また、抹茶ドリンクは液体を混ぜ合わせたり、和えたりして作るものもあります。抹茶を日常的に飲むビジネスを考えたときにも、『和』が中心のイメージになりました」(塚田氏)

塚田氏によると、現在のマシンのデザイン以外にも、別のデザインの方向性や案があったとのこと。しかし、最終的に現在のデザインが選ばれたのは次のような理由からだ。

「Cuzen Matchaのデザインには、プロダクトを通して伝えたいことの要素がすべて備わっています。ほかにも優れたデザイン案はあったのですが、視覚の面から印象に残るという点で、その強さがまったく違いました。ブランドというのは、結局は人の中の記憶にどう残せるのか。いかに抽象化をして瞬時に伝えられるかがとても重要で、それはプロダクトを作る上でも共通しています。四角の中に円が入っている形状も、単に円をど真ん中に配置しているわけではなく、枠の開け方を少しずつ変えたり、アシンメトリーになるように非対称性なども意識しました」(塚田氏)

和洋どちらにもなじむデザインを意識

前述のとおり、開発当初からグローバル展開を視野に開発されたCuzen Matcha。各国の規格に対応できるようにアダプターをあえて外側に出すなど、仕様上も考慮された設計だ。それと同時に、和洋どちらにも相性のいいデザインも意識しているという。それは、塚田氏の前職の経験が生かされたものだった。

「我々が拠点としているアメリカ・カリフォルニアの価値観の中には、東洋と西洋のものを融合してなじませるものがあります。前職でStonemill Matchaを立ち上げた際、アメリカ人の建築家と店舗の内装などを議論する中で、日本人である私はどうしても自国としての日本というか、伝統を押し付けるようなスタンスになってしまいました。ですが、彼らはあくまでもアメリカ人の感覚で日常使いできる、居心地の良い、ある意味西洋的な空間をベースにしながら、そこに『日本』を感じる素材・テクスチャ・色合いを掛け合わせて、西洋と和、両者のバランスが取れた案を提案してきました。純粋な『和』ではなく、和を感じられながらも、和ではないみたいな。いわゆるモダンジャパニーズですね。そこで今回のCuzen Matchaでも、和の要素を抽出してバランスよく配置していくことを意識しました。例えば、茶筒の上の木の竹の部分では素材感を見せたくて、デザインを考えていきました」(塚田氏)

  • 茶葉をセットする臼のパーツは、茶筒のイメージ。フタは竹を意識し、素材感から和のイメージを表現した

    茶葉をセットする臼のパーツは、茶筒のイメージ。フタは竹を意識し、素材感から和のイメージを表現した

日本の伝統的な食文化である抹茶をアメリカ発で世界に広げるため、World Matchaが生み出したCuzen Matcha。和洋どちらとも相性よくまとまったそのスタイリッシュなデザインは、作り手側の思いが凝縮されたものである。経験に裏打ちされたプロセスで、時に直観的な要素も多く取り入れた結果生まれたプロダクトデザインに、改めてデザインが持つ『強さ』を実感した。