金融業界では、リスク分析など、データの活用が進んでいるが、中小企業向け事業保険を中心にビジネスを展開しているエヌエヌ生命保険も例に漏れない。同社は2015年までアイエヌジー生命保険として事業を営んでいたが、親会社であるINGグループから保険部門と資産運用部門が分離する形でNNグループへ移行した。

今回は、同社で分析チームを立ち上げた当初に入社したデータサイエンティストのゲン・ユウ氏に話を聞いた。同氏は、中国と米国の大学、日本のビジネススクールで学んだ才媛だ。

  • エヌエヌ生命保険 事業開発部 データサイエンティスト ゲン・ユウ氏

    エヌエヌ生命保険 事業開発部 データサイエンティスト ゲン・ユウ氏

中国の大学、米国の大学院、日本のビジネススクールでそれぞれの良さを学ぶ

ゲン氏は中国の大学でファイナンスを、また、米国の大学院ではファイナンスと統計学を学び、日本の早稲田ビジネススクールではMBAを取得している。同氏に3つの国の教育機関で学んでみて、有意義だったことを聞いてみたところ、「中国、米国、日本では、学ぶスタイルも内容も違います」という答えが返ってきた。

まず、中国の大学の特徴は「結果が第一」だという。つまり、究極のところ、授業にまったく出なくても、学期末の試験の結果がよければよい成績が取れるというわけだ。これに対し、米国の大学は普段の課題が膨大であり、グループ学習が大事だそうだ。また、MBAについて学んだ際は、自分とは異なる人の意見を聴くことの重要さを学んだとのこと。

このように多様な経験を重ねているゲン氏だが、データサイエンティストを選択した理由は「数字が大好きだったから」と話す。「学校の数学の授業が楽しく、数字はうそをつきません」とゲン氏。

加えて、4年前にエヌエヌ生命に入社する時の面接官が分析チームのリーダーで、その方と「一緒に働きたい」と強く思ったことも、同社にデータサイエンティストとして入社した動機の1つだそうだ。

ちなみに、ゲン氏が所属するチームは、データサイエンティスト3名、エンジニア4名で構成されているそうだ。

データサイエンティストは珍しくなくなっていく

ゲン氏は現在、データを分析して、社内の意思決定に必要な情報を提供している。例えば、顧客のニーズを分析して好みそうな商品をリコメンドする営業向けの予測モデルを構築したところ、顧客がその商品を買ってくれるということで、評判がいいそうだ。また、顧客に関するインサイトを可視化するダッシュボードの構築も行っている。

取り組む課題については、自分で探すこともあるが、他部門に「困りごと」を問い合わせることで見つけているそうだ。「ヒアリングすると、現場からは意見が結構上がってきます」とゲン氏。活動を進めていく中で、現場においてデータ分析の効果が浸透し、データ分析に対するニーズが高まっているのだろう。

日本のIT業界では、データサイエンティストの不足が課題となっているが、中国ではどのような状況なのであろうか。ゲン氏によると、日本と同様、中国でもやはりデータサイエンティストは不足しているが、データを抱えている企業にはデータサイエンティストが在籍しているという。ただし、昔に比べて、データサイエンスに関する学部を設置する大学が増えてきており、データサイエンティストを育成する環境は整備されてきているようだ。

ゲン氏に、データサイエンティストの存在価値について聞いてみたところ、次のような答えが返ってきた。

「今、データサイエンティストは数が少ないこともあり、神格化されています。しかし、人材育成が進んできたことで、データサイエンティストは増えてきています。近い将来、データサイエンティストは普通の仕事となるのではないでしょうか。また、データサイエンスというテクノロジーもExcelのように当たり前のスキルになっていくように思います」(ゲン氏)

仕事以外にも分析力を生かしていきたい

そして、ゲン氏が考えるデータサイエンティストにとって不可欠な要素とは何だろうか。「科学者にとって大切なことは、新しい知識を発見することです。そのためには、新しいことを受け入れることが必要です。また、データ分析に取り組む中で、わからないことがあったら、営業の人に聞くことで解決しています。よって、いろいろな人とコミュニケーションがとれるスキルも必要だと思います」と、ゲン氏は話す。

プログラミングスキルについては、「コーディングをするのがエンジニアであり、データサイエンティストはビジネスサイドの人です。だから、データ分析を行った後、どうしてこの結果が出たかということを理解できる必要があります」とゲン氏。

最後に、データ分析の分野でこれから取り組んでみたいことを聞いたところ、仕事と仕事以外の2つの側面について答えが返ってきた。まず、仕事については、まだ手が付けられていないコールセンターの分析にチャレンジしてみたいそうだ。コールセンターには顧客の不満が寄せられるケースも多く、顧客の声を分析することで、ユーザー満足度を向上したり、新商品の開発につながったりする可能性が高い。

また、仕事以外の側面では、NPO法人でうつ病患者に関する分析を行ってみたいそうだ。米国の友人がうつ病にかかって自殺してしまったことで、「生きている自分が、亡くなった友人のために何ができるか」を考えたことから、思い至ったとのこと。「データの力で、困っている人を救いたいです」(ゲン氏)

日本でも、警察庁の統計によると、これまで減少傾向にあった全国の自殺者数が今年の7月を境に増えていることがわかっている。その要因の1つとして、新型コロナウイルスによる環境の変化が指摘されている。ゲン氏の取り組みは、世界全体で起きている課題の解決につながっていくかもしれない。