富士通クライアントコンピューティング(FCCL)がこの秋出したWindows 11搭載パソコン新製品群の中に、同社としてはちょっと異色のモデルがある。「FMV Zero LIFEBOOK WU4/F3」だ。
世界最小最軽量で知られる「LIFEBOOK UHシリーズ」の使い心地はそのままに、シンプルを極めた仕様を提案。
同社のアピールとしては「ハイリテラシーユーザに向けて、パソコンの原点に戻り、道具としての機能価値やミニマルなデザインを突き詰め、アプリケーションもゼロベースで積み上げた新モデル」だという。キーボードにはカナ無し印字を採用、プリインストールソフトをハイリテラシーユーザ向けに大幅に厳選している。
FCCL新社長が発案、「わかる人向け」のモバイルPC
このモデルはこの春にFCCL CEOに就任した代表取締役社長 大隈健史氏の発案によるものだ。レノボから移籍し、CEO就任後、本当に自分自身が欲しくて使いたいパソコンとして考えたものだという。
大隈氏はいう。
「企業マージがたくさんあった業界ですが、過去に1+1が2を超えたことはありませんでした。でも、レノボとIBM、レノボとNECはそうじゃなかった。その経験が活かせたからこそ今のFCCLの成功があると思っています」(大隈氏)。
富士通を離れレノボとのジョイントベンチャーとして立ち上がったFCCLだが、客観的に見るとNECやThinkPadの部隊とはまったく異なる。そのカルチャーの違いを彼らはどう乗り越えたのだろうか。
「レノボが見ているのはグローバルなスケールをどう活かすかということです。そこを終わりなく追求しています。実は、レノボの利益があがっても株価は伸びません。でも、成長していればあがるんです。そのためには多少の不都合はいいというのが我々の判断です」(大隈氏)。
「ジャパニーズレノボ」ではダメ、重要なのはバランス
NECパーソナルコンピュータやFCCLは顧客接点を大事にする会社だ。そして、ビジネスの基本は日本であり、ひしめくグローバルベンダーとどう戦うかを追求しつつ、日本に特化したマーケティングと企業文化でビジネスを展開する。大隈氏はそこをきちんとしていくという。
同氏がFCCLに来たときに、その品質保証部門に100人ものスタッフがいるのを見てびっくりしたと述懐する。だが、今もなおそこにリソースを戦略的にはっている。
実は、外資系の対応ではそこに線をひいている。外資は完全な品質保証にギブアップするのだ。でも、文化がちがうのでFCCLはやると大隈氏。それがブランド価値につながり、結果的にコンシューマーも企業向けもうまくやっていけると同氏はいう。
IBM、そして、NECを手に入れたことでレノボが学んだことは、ジャパニーズレノボを作ってもしょうがないということだった。だからこそのジョイントベンチャーであり、それは決してレノボだけではやりきれないビジネスだ。
そのときに重要なのはバランスだと大隈氏は考える。同氏がCEOに就任したときに打ち出した3つの方向性、いわばビジョンとして提示した項目がある。
- FCCLの独自性を発展
- レノボグループ内での存在感確立
- 成長
この3要素だ。過去を完全に踏襲するわけでもなく、全部レノボに置き換えるわけでもない。そのバランスこそが氏のビジョンだ。
世界最軽量のUHシリーズも響かなかった
FCCL設立後の3年半、CEOを務めたのが齋藤邦彰氏(現取締役会長)だ。ジョイントベンチャー化する前からFCCLの舵取りをしてきた同氏のリーダーシップのもと、レノボからの独立性が担保されていた。
ただ、それはちょっと極端だったと大隈氏は考える。少しレノボ寄りの要素を増やす必要があるというのだ。そこで、大隈氏はレノボとの人材交流を積極的にやってみることにした。FCCLではなくレノボのやり方を学ぶためだ。
パソコン製品開発のみならず、事務方も含め、モノの見方や、コトのやり方、レノボのやり方を学ぶ。そのために完全な出向をさせた。大隈氏は、自分自身の昔のコネやネットワークがあるうちにコラボレーションを積極的に進めることを考えたのだ。
「NECパーソナルコンピュータとレノボは補完関係にありました。でもNECパーソナルコンピュータとFCCL、レノボとFCCLは競合関係にあります。親会社同士もバチバチに競合しているんですね。それは今後も続きます。
そんな中でFCCLの立ち位置を考えると、市場におけるビジネスの視点からユーザーの年齢層は高く、リテラシーもそれほど高くありません。でもそこは伸びているセグメントなのです。
今、リテラシーの高い消費者にはMacBookが高い評価を得ています。シンプルなデザインを重視した製品です。好きなようにパーソナライズしたいという要望に明確に応えています。
でも、FCCLをまかされ、自分で自社製品を使おうとしたときに欲しい製品がありませんでした。世界最軽量のUHシリーズも響きませんでした。一方、スタバにいくとみんなMacBookを使っている。つまり、FCCLの製品の中には、プロが使う製品がなかったのです」(大隈氏)。
ターゲットの外側、新しい付加価値を付けた「FMV Zero」
大隈氏は、FCCLが得意としてきたメインストリームに最適化した製品だけではダメなのだと考えた。だからこそ欲しいパソコンを作りたい。年賀状ソフトなどパワーユーザーは欲しがっていない。
そして、シンプルで余計なノイズを入れないハードウェアというコンセプトを明確に開発の現場に伝えた。一カ月半くらいかけて議論し、トータル3カ月で製品が完成した。同社の製品開発工程としては異例のスピードだ。
もちろん、Zeroの想定顧客は典型的な同社のターゲットユーザーではない。日本の消費者向けのマーケットはあくまでもボリューミーでメインストリームだ。したがって、全製品でのゼロコンセプトは受け入れられないはずだと大隈氏は考える。
大隈氏はかつて、レノボのアジアにおける要件をとりまとめる立場にあった。その仕事はアジアという地域の平均点を出す仕事だ。その結果、平均するたびにカドがとれていくと大隈氏はいう。
「平均の結果、こぼれ落ちる要素もあります。それをとっていくメーカもありますね。業界全体を考えるとコモディティ的なパソコンもありますが、だからこそ付加価値をきっちり訴求することが、棲み分けにつながります。そういう意味でFCCLはレノボのビジネスにおける集大成だと考えられます」(大隈氏)。
みんなが望んでいる「アンド」を探すことが大事
実は、レノボグループ内での存在感確立という点では前CEOの齋藤体制は成功していなかったと大隈氏は考えている。レノボグループ内でFCCLはほとんど知られていなかったのだ。同氏はFCCLがありたい姿を社内外に伝えること、こうなりたいということを発信することが大事だと考える。
「ステークホルダーの“アンド”がとれることを探すことが重要です。望むことはちょっとずつ違うはずで、顧客の望むものも違えば、取引先が望むものも違います。すべてが満足することはありえません。だから、その“重なり”を探すんです。全員が満足するのは無理です。そんな無謀なことをやろうとするわがまま社長にはなりません(笑)」(大隈氏)。
ジョイントベンチャーのスタートから3年半が経過した。最初の3年は移行期間であり、それはきっちりやったと大隈氏。いいかたちでバトンを受け継いだと同氏は考える。
これから進化していくタイミングであり大隈氏のミッションは重責だ。バージョン2としてのFCCL。それを楽しみに、そして期待してほしいと大隈氏は語った。そういう意味では3年目のFCCLこそ、大隈氏の考えるZeroなのかもしれない。