Googleが東京・六本木ヒルズに構えるYouTube Space Tokyoが1周年を迎えた。過去1年間で1,000本以上のオリジナルコンテンツが制作されるという実績を残したそうで、数千人がワークショップやイベントに参加したという。ここでは、その背景について考えてみることにしよう。

動画クリエイターを支援するGoogle

YouTube Space Tokyoは、ロンドン、ロスアンゼルスに続く世界で3カ所目のスペースとして2013年2月15日に設立された。動画クリエイターのための制作施設で、その支援活動のひとつとして、トレーニングやプロモーションといった面での支援をGoogleが提供するものだ。そこでは「学ぶ」「共有する」「創造する」という3つのキーワードでの活動が行われている。つまるところは、才能はあるがノウハウもカネもないというクリエイターに世に出るチャンスを与えるための活動だ。

この設備は、動画をアップロードするクリエイターで、YouTubeパートナープログラムに参加していてチャンネルを持っていれば、誰でも無料で利用できる。映像制作の専門家かから技術を学び、最新のデジタル映像編集機材を使ったり、スタジオセットを利用することができる。この1年で1,000本以上のオリジナル動画が制作され、この2月13日時点で4,700万回以上の総再生回数を誇る。単純に平均しても、1本あたり4.7万回ということになるわけで、かなりの人気動画がここから生まれていることがわかる。

広告とメディア

ご存じの通り、Googleは、広告収入によって成り立っている企業だ。デジタル技術を使って暮らしを豊かにするために彼らはさまざまなサービスを無償で提供しているが、それは最終的には広告収入を増大させるための方法論のひとつにすぎないといってもいい。

このことは、問題でもなんでもなくて、世の中の商業媒体は、そのほとんどが合致する。たとえば、有料で販売されている新聞や雑誌だって、そのコンテンツの半分は広告だ。そうでなければ、紙媒体はきわめて高価なものになってしまうだろう。まして、無料で提供されているテレビやラジオなどの民放経営は、広告がなければ成立しない。

つまり、優れたクリエイターを発掘し、彼らが良質なコンテンツを制作してYouTubeにアップロードすれば、多くの人々がYouTubeを楽しむ。そして、そのことが、メディアとしてのYouTubeの価値を向上させ、結果として、広告収入に貢献するわけだ。もちろんYouTubeにも有料チャンネルはあるが、キャッシュの動きとしては、圧倒的に無料動画によるものが大きいはずだ。

だからこそ、施設を無償で提供しても、それが良質なコンテンツと視聴率アップにつながれば、結果として、そのための投資は回収できることになる。

YouTubeのためのYouTube仕様スタジオセット

1周年のタイミングで公開された新しいスタジオ設備の中には、メイク動画用セットといったものも用意されていた。これは、メイクをするときに使う鏡がマジックミラーになっていて、鏡の向こう側からカメラで狙い、アーティストのメイクをする様子を正面映像として撮影できるというものだ。アーティストの視線などでコンテンツの質にも大きな影響を与えそうだ。こんな設備を持ったスタジオはなかなかない。まさに、YouTubeのためのYouTube仕様のスタジオだといえる。

YouTube Space Tokyoのセットのひとつ。ほかにもクリエイターの求めに応じて和室風だったりニューススタジオ風だったりと、いくつかのセットを用意している

設備については、Google側が用意したアリモノを使う分には完全に無料だ。また、企画によってはそのための特別なセットを組まなければならない。その場合、クリエイター側がその費用を負担することになるが、スペースとしての費用はゼロとなる。たとえば、企画次第では、半年にわたってレギュラーでトーク番組を収録するための常駐セットといったことも可能なのだそうだ。

若い才能を支援する企業は少なくない。スポンサーとなって運動選手やアーティストの活動を支えるわけだ。また、企業によっては若者の起業を手伝う仕組みを用意したり、あるいは、コンテストなどの大会を開催し、優秀な才能発掘に取り組むところもある。これらの活動は、スポンサードとはいえ社会貢献活動のひとつであり、結果が出るとしても、それはずっと先の話になるだろう。

もちろん、Googleも、東北支援をはじめ社会貢献活動に熱心な企業として有名だが、このYouTube Spaceは、結果がすぐに数字でわかり、しかもすぐに効果がわかるプロジェクトだといえる。

メディアとしてのGoogle

Googleは若い企業だ。少なくとも100年近い老舗であるテレビ局や新聞社と比べれば相当に若い。インターネット社会の中で、Googleはメディアという位置づけをされることが多くなってきたが、乱暴な言い方かもしれないが、彼らは器を作ることはあっても中味を作るわけではない。良質なコンテンツを流通させるためのフレームワークをいかに洗練されたものにするかだけを考えているといっていいだろう。

一方で、旧来のメディア、テレビや新聞は広告収入依存というGoogleと同様のビジネスモデルで成り立っていても、内部でコンテンツを制作している。もちろん、外部のプロダクションなどに外注することはあっても、基本的にコンテンツの内容については自分たちで責任を持つ。

オリンピックで誰が何色のメダルをとったかは、Googleで調べればすぐにわかるが、その情報はGoogleが独自に入手したものではない。

Googleは、すでにある情報を見つけるためのきっかけを与えてくれるにすぎないのだ。だが、YouTube Spaceの設置は、そのコンテンツそのもののクオリティコントロールにGoogleが一歩足を踏み入れた印象が強い。

このことが、YouTubeのコンテンツに、これからどのような影響を与えていくことになるのか、そして、それがメディアとしてのGoogleの立ち位置に変化を与える兆しになるのかどうか。いろんな意味で興味深い活動だ。

写真の女性はKim Dao (キムダオ)さん。メイクアップコンテンツのクリエイターとして人気があるオーストラリア出身の23歳。たまたま来日していたとのことでデモンストレーションのために登場してくれた。http://www.youtube.com/kimdao

本稿は、フリーランスライターの山田祥平氏が、ホットなニュースを読み解く新連載コラムです。長年にわたりパーソナルコンピューターに関わり、誰よりも多くの取材をこなしてきた同氏ならではの独自の視点で、ニュースの深層に切り込んで行きます。http://twitter.com/syohei/ @syohei