マイナンバーカードは、日本で最も普及した身分証明書です。さらにデジタル対応に向けて基本4情報をカードから取得する機能も備えており、今後様々なシーンで役立つことが期待されています。

こうしたカードの普及は「鶏と卵」の関係で、様々な利用シーンが拡大して自然に利用者が増えるか、カードが普及したから利用シーンが増えるか、どちらが先かという議論が長く続いていました。

政府は、当初は前者を狙っていたようですが、利用シーンが増えることはなかったので、カード普及に力を入れる方針に切り替えました(というように見えます)。結果としてカードはかなりの普及率となったので、今後は利用シーンの拡大が重要になってきます。

その一環として検討が進められていたのが災害時のマイナンバーカードの活用です。

  • 災害時のマイナンバーカード利用を想定した実証実験

    デジタル庁による、災害時のマイナンバーカード利用を想定した実証実験の一例。報告書PDFより

避難所運営は大きな負担

災害の発生が多い日本において、避難所のデジタル化は課題とされていました。自治体などが避難者を把握することが難しく、いかに効率的に避難所運営などの業務が行えるかが問題となっています。

実際、この2024年の1月1日に発生した能登半島地震では、どの避難所でどれだけの人が利用しているか正確に把握できていないと聞きます。特に、避難所を昼間は利用して物資の受け取りはしているけれど夜は車中泊や親戚の家で寝泊まりしているという人がいるなど、避難所の利用のされかたは様々で、被災者の情報が正確に把握できていないそうです。

これを正確に把握しようとすると避難者全員から4情報(住所・氏名・年齢・性別)を聞き出して手作業で記録、管理しておく必要がありました。災害時に、そうしたことをやっている余裕は正直ないでしょう。

例えば2016年の熊本地震における分析では、自治体などからの応援職員が最も多く従事したのは避難所運営だったそうで、負荷の高い業務であることを示しています。

そこで、マイナンバーカードを活用した避難者管理を実現しようという実験が進められています。実のところ、マイナンバーカードがここまで普及したことで、こうした取り組みが現実味を帯びてきたという側面もあるため、ようやく最近になって方向性が示され始めたというのが正直なところです。

スタート自体は2021年の「デジタル社会の実現に向けた重点計画」でしょう。2023年6月に決定した現重点計画でも防災分野で「防災デジタルプラットフォームの構築/住民支援のための防災アプリ開発・利活用の促進等とこれを支えるデータ連携基盤の構築」といった方針が示されています。

2022年には福岡市や神戸市、新潟県などで防災DXの実証実験が行われてきました。2023年には、例えば宮城県では「避難支援アプリ」の実証訓練が行われ、「宮城県原子力防災アプリ」としてリリースされました。ポケットサインのデジタル身分証アプリを使ってマイナンバーカードを読み取り、基本4情報を防災アプリ経由で自治体が把握する仕組みになっています。

同年10月には神奈川県小田原市で避難者支援業務のデジタル化に関する実証実験が行われました。デジタル庁には、防災DXやデジタル業務の推進を図る防災班があり、こうした現状の取りまとめが2023年12月15日に公表されています(PDF)。

この取りまとめによればデジタル化の効果はかなりのものです。入所手続で90.2%の業務削減効果など、大幅な効率化が期待できるようです。手書きの入所手続に比べれば、マイナンバーカードや事前にそうした情報を登録した避難者アプリを利用すれば、早くなるのは間違いないでしょう。

  • 小田原市での実験における業務改善効果

    小田原市での実験における業務改善効果

  • 実証実験結果

    現在業務の手書きに比べて大幅に改善(業務削減)が見られたそうです。ちなみに、タブレットを使った入力は慣れていないことで時間がかかったとの分析です

こうしてようやく議論が進んできたところですが、実験の取りまとめが行われたのが2023年12月、そして能登半島地震の発生が2024年1月1日。つまるところ能登半島地震でのデジタル業務の実現はまだ難しかった、というのが現状なわけです。

結果として、能登半島の避難所では従来通りの手書きの避難所管理が行われていたそうです。さらに1次避難所から1.5次/2次避難所へ移動する人が増えていたり、前述のように昼間は避難所にいるが寝泊まりは自宅や車中で行う人や物資だけを受け取る人がいたり、現在の状況が把握しきれていないそうです。どのように避難者を管理しているかも、個々の避難所によって異なり、統一されていないというのが現状のようです。

そうした状況で効率化のニーズがあり、防災DXの取り組みを続けてきたデジタル庁と防災DX官民共創協議会が石川県の要請を受けて検討を行い、民間事業者も含めて協議したところ、JR東日本がSuicaを使った管理を提案して導入に至りました。2月7日には導入が開始されています。

  • Suicaを使った避難所管理の概要図

    Suicaを使った避難所管理の概要図。紐付けたSuicaを使うことで突合します

前述の小田原市の実証実験でも「交通系IC+PC入力」という実験が行われており、平均処理時間は手書きの4分22秒が1分36秒に削減されていて、効率化できることは示されていました。こうした経緯に加えてJR東日本がリーダー350台、交通系ICカード18,000枚を無償提供することになり、新たなシステム構築がほとんど不要ということから採用が決まったようです。

リーダーはNFC Type-F(=FeliCa)のみの対応とのことで、読み取りにマイナンバーカードは使えないため、今回は配布された無記名Suicaを使って、紐付けた個人情報と連携させる形になりました。

具体的には、避難所に設置されたリーダーに配布されたSuicaカードをタッチするとSuica IDが取得され、クラウドサーバーに記録されます。そのデータをCSV形式で自治体職員がダウンロードして、あらかじめSuica IDと紐付けた避難者データと突合し、避難所の利用を把握するということのようです。避難者は、避難所利用のたびにリーダーにタッチして、そうしたデータを毎日職員がダウンロードして突合すれば、どの避難者が避難所を利用しているかが把握できるようになります。

マイナンバーカードを使った取り組みも悪くはないのですが、今回は現時点で提供できる仕組みで構築したということでしょう。単にマイナンバーカード対応のカードリーダーを用意すれば同じことができるわけではなく、その場合は各自治体でのシステム構築が必要になります。今回はあくまで一時的な仕組みで、そのままマイナンバーカードを使った避難者管理に使えるものではないとデジタル庁でもコメントしています。

「タッチだけで4情報の入力不要」という手軽さがマイナンバーカードのメリットです。加えてマイナポータルと連携することで、医療/服薬情報を取得できる点も見逃せません。災害時はかかりつけ医や病院も被災して初めての医者にかかることもありえますし、そうした場合に事前に医療情報が得られるのはメリットです。

さらに、避難所の炊き出しにはアレルギーなどの情報も本来は必要であり、マイナンバーカードが生きるシーンといえます。子育て情報も連携しているので、乳幼児の有無や病気の有無も分かります。そうした情報があれば必要な物資を「プッシュ型」で避難所に届けることも可能になるはずです。こうした関連情報を活用して避難所支援をするのが最終的な目指す方向です。

もちろん、それが安全に、安定して提供できることも必要になります。今回の震災でも防災DXの必要性は痛感されているので、今後の検討はさらに加速することを期待したいところです。

なお、医療情報に関しては、マイナンバーカードがなくてもオンライン資格確認等システムから情報を取得できる特例が被災地では実施されています。もちろん被災者は、マイナンバーカードと保険証を一体化していても、紙の保険証のままでも、いずれでも保険証なしで医療機関での保険診療の受診が可能です。

マイナンバーカードを持ち歩くか? 電力は? 通信は?

こうしたデジタル化の話になると必ずつきまとうのが、災害時の電力と通信の問題です。マイナンバーカードで管理しようにも電力や通信が……という心配ももっともですが、今回の仕組みの現場は避難所です。各携帯キャリアは優先的に避難所の通信復旧を目指しますし、Starlinkのような衛星通信の仕組みも使えるようになっていて、以前に比べて通信環境の復旧は早くなっています。

  • KDDIの復旧活動

    KDDIの能登半島地震復旧活動。避難所にStarlinkを提供。無線LAN/充電設備の提供もしています

  • ソフトバンクの復旧活動

    こちらはソフトバンクの復旧活動。同社では最大271局の基地局に支障がありましたが、3~4日で大幅に復旧しています。能登半島地震は、道路寸断や渋滞などでこれまでの災害よりも復旧が困難だったと各社が口を揃えており、これでも復旧は遅いようです

電力に関しては、そもそも避難所に電力がなければ、避難者管理以前の問題です。被災した瞬間から常にマイナンバーカードが使えないと意味がないという話ではないので、避難所によっては、初期の混乱が落ち着いた頃、通信や電力が回復してからの導入でも問題はないでしょう。

もう一つの問題は「被災時にマイナンバーカードを持ち歩いているのか」という点ですが、政府は運転免許証のようなほかの身分証明書と同様に常に持ち歩くものとしてマイナンバーカードを位置づけたい考えです。

「常にマイナンバーカードを持ち歩く」ことを目指して、デジタル庁ではイベントでのマイナンバーカード連携も取り組んでいます。こちらは後日別記事でくわしく解説する予定ですが、筆者はマイナンバーカード機能のスマホ搭載が大きな契機になりうると考えています。

現在対応されているのは電子証明書の搭載ですが、スマートフォンをタッチすれば避難所の管理ができるとなれば、マイナンバーカードを持ち歩くよりも効果がありそうです。強力な身元確認と当人認証機能を活用して、避難所にいながらオンライン診療などの道も開けるでしょう。

宮城県の例のように、あらかじめマイナンバーカードの情報を取得したアプリを使う方法も検討されているようですが、事前の準備が必要になります。その点、カード自体を現地で読み取れば済むというのは手軽です。マイナンバーカードのスマホ搭載も準備が必要なので、やはり両面の対応は必要でしょう。

スマホのバッテリー切れは死活問題ですが、最近は、避難所に対して携帯キャリアが充電サポートを提供する例も増えていますので、スマートフォンとカードの両面で対応できるようになれば、避難所運営の負担軽減に繋がることが期待できそうです。