ITベンダー各社の取り組み

昨年あたりから「AI」「人工知能」といった言葉がバズワードになっていますが、企業向けシステムにAIが組み込まれることでどのようなメリットがあるのか、具体的にイメージできていない方も多いかと思います。そこで、企業向けにサービスを提供しているITベンダーの中で、特にAIに力を入れている各社の取り組みを紹介したいと思います。

まず、IBMはAIプラットフォームとして「Watson」を提供しています。すでに成果を上げている事例として、みずほ銀行はコールセンターにWatson APIを利用したシステムを導入し、オペレーターの通話時間短縮による顧客満足度の向上やオペレーターの育成期間短縮を実現しています。イメージをつかむのに以下の動画がわかりやすいので、ぜひご覧いただければと思います。


動画でも言及されていますが、AIには学習が必要です。最初から完全な回答を返すことはできず、学習を重ねるにつれてだんだん賢くなっていきます。特にカスタマーサポートの分野は、過去データの学習によって確実に正解に近づくため、AIとは非常に相性がよいです(逆に、過去に前例のない創造的な仕事は苦手と言われています)。動画の例は音声をテキストに変換してWatson上で処理をしていますが、企業のWebサイトやLINEのようなメッセンジャーアプリ上でユーザーがテキストを入力して、AIと対話を行いながらカスタマーサポートを行うチャットボットの事例も今後増えていくと見られます。

Googleは昨年、戦略を「モバイルファースト」から「AIファースト」に変更しました。機械学習のライブラリや学習済みモデルに基づくさまざまなAPIを公開しており、自社のサービスにも積極的にAIを組み込んでいます。例えば、生産性向上ツールのG SuiteにはGoogleカレンダーがありますが、そのモバイルアプリでは機械学習を活用して、複数人の会議時間を調整する時に出席者の空いている時間を探して簡単に招待できたり、過去の利用状況などを参照して利用可能な最適な会議室まで提案してくれる機能が実装されたりしています。ちなみに、MicrosoftもGoogleと同様にライブラリやAPIを公開しており、自社サービスのOffice 365にAIを組み込んでいます。

Salesforceは、IBMやGoogleのようにAPIを公開しているわけではありませんが、自社のサービスにAIを組み込むことでその価値を提供しています。例えば、マーケティングや営業活動をより効果的に進めるために、見込み客の予測スコアリングやおすすめの次のアクションを提示してくれます。カスタマーサポート業務では、ユーザーからの問い合わせを自動で分類して最適な対応を提案してくれたり、解決にかかる時間を予測したりすることもできます。

筆者が所属しているBoxも、ユーザーにとって価値のある形でAIの要素を組み込めるように取り組んでいます。例えば、ファイルを自動的に分類して機密情報が含まれたファイルであれば社外への共有を禁止したり、各ユーザーにとっておすすめのファイルやコラボレータを提示してくれたり、将来的にそんなことが実現できたらどうでしょうか。AIによって、Boxがさらに優れたコンテンツマネジメントの基盤になっていくことを期待しています。

セキュリティ分野のAI活用

第2回の記事でも触れましたが、次世代ファイアウォールやサンドボックスを利用しても、現在のテクノロジーでは外部からの攻撃を完全に防ぐことは不可能とされています。AIを活用したところで完全に防御できるとは言い切れませんが、サイバーセキュリティの分野でもAIの活用は進んでおり、より強固な体制を築くことが可能になります。

例えばCylanceは、パターンマッチングや振る舞い検知ではなくAIを利用してマルウェア検出アルゴリズムを生成します。たとえ新しく作られた未知のマルウェアだったとしても、過去のマルウェアのパターン分析から高い精度で攻撃を予測し、防御率は99%を誇るとしています。従来のソリューションと比べて高い効果が期待でき、運用管理の工数も少なく済むため、今後の普及が予想されます。

ワークスタイルとセキュリティの未来

以上、ITベンダー各社の取り組みをご覧いただき、どう感じましたでしょうか。AIは人間の作業を省力化したり、よりよい意思決定を支援したりすることで、ワークスタイルの変革に寄与します。セキュリティ分野では、AIを活用することでこれまで以上の防御が可能になります。大きなメリットを享受できるわけですから、企業向けシステムでAIの活用は間違いなく進んでいくと思います。

ただ、AIを活用するためにシステムを自社で一から実装するのは、従来のシステム開発とは方法論も違いますし、データサイエンティストが必要になるためハードルが高いです。そうした人材は圧倒的に不足しているので採用コストは高くつきますし、ITベンダーにその部分のコンサルティングを依頼するにしても、専門知識を持ったコンサルタントの単価はやはり高いです。

それに対して、あらかじめAIを組み込んだSaaSを利用する場合、自社でモデルを作成したり、アップデートを継続的に行ったりする必要がないため、データサイエンティストを抱える必要がありません。そのような背景からコストとメリットのバランスを考えると、今後企業におけるAIの活用は、自社でシステムを作り込むのではなくSaaSにて利用する形態が主流になるのではないでしょうか。各SaaSベンダーのロードマップにはぜひ注目してみてください。きっと皆さまの企業でも役立つようなソリューションが出てくるのではないかと思います。

結び

以上で全5回の連載を終了させていただきます。本連載が少しでも皆さまの参考になれば幸いです。これまでご覧いただき、ありがとうございました。

株式会社Box Japan
セールスエンジニアリングマネジャー
志村裕司