さて、しばし時間が空いてしまいましたが、前回は「エンジェル税制」の優遇措置を受けるための企業側の要件などについて解説しました。今回は、逆に個人投資家の要件と、「エンジェル税制」のもうひとつの優遇税制について解説したいと思います。

コンピュータの次の世代のを担う新たな基幹産業を生み出す

先日、投資会社デフタパートナーズキループ会長であり、「21世紀の富国論」の著者で有名な原丈人さんの講演会を拝聴する機会がありました。その中で、「繊維、鉄鋼…と来てコンピュータが一時代を担う基幹産業となっていたが、間もなく成熟産業へと変化する」。そして、投資の視点から、「投資には、製品やサービスができあがるまでの開発リスクを取る投資と、できあがった製品やサービスを売り上げに結び付けるマーケティングリスクをとる投資がある。現在の世界中の投資のスタンスが、後者のリスクしかとらない傾向にあるが、前者の投資に対して投資家に有利な制度を作る」というお話をされていました。

その時、「あっ、これってエンジェル税制の話だ」と思い、お聞きしていました。昨年11月の金融危機以来、世界中のお金の流れが急激に止まってしまいましたが、そのな中でも新しいビジネスは生まれ、育っています。そんな新たな芽を摘んでしまわないためにも、ぜひともこの制度の活用と更なる拡充をして頂きたいと思います。

「エンジェル税制」の対象となる個人投資家

「エンジェル税制」を受けるためには、まず第一に個人投資家である必要があります。企業ではいけません。企業の場合は、すべての収益と費用、損失を通算して課税する方法をとっています。そのため、もし、投資した先のベンチャー企業が倒産などした場合でも、評価損や売却損を他の収益と相殺(通算)することができるようになっています。

しかし個人の場合は、もし、投資した先のベンチャー企業が倒産などした場合でも、有価証券は譲渡所得の中で、しかも、他の有価証券などの売却益としか相殺(通算)することができません。これでは、企業投資家と比べて著しく不利ですし、国内のエンジェルを育成することはできません。個人投資家を育成するために、「エンジェル税制」は生まれたものと思われます。

ベンチャー企業への投資方法は、「直接投資」はもちろんのこと、「認定投資事業責任組合」を経由している場合や、グリーンシートエマージング銘柄については「証券会社」を経由しても構いません。

(6)金銭の払込により、対象となる企業の株式を取得していること

ただし、この要件を満たしている必要があります。つまり、誰かが持っていた株式の譲渡を受けた場合は、対象とならないということです。エンジェルがお金を出した場合、そのお金がちゃんとそのベンチャー企業に入る必要があるということになります。ここまでは、「エンジェル税制」を受けるための個人投資家の要件としてはさほど難しいことではないのですが、最後の要件はちょっと注意が必要です。

(7)投資先ベンチャー企業が同族会社である場合には、持株割合が大きいものから第3位までの株主グループの持株割合を順に加算し、その割合が初めて50%超になる時における株主グループに属していないこと

この要件はちょっと長いので、順を追って解説してみましよう。まず、「投資先ベンチャー企業が同族会社である場合」というものですが、創業間もないベンチャー企業は、同族会社であるのが一般的です。

同族会社とは、その会社の上位3位までの株主グループ(個人とその親族等)が、その会社の株式等を50%超保有している会社を指します。その上位3位までの株主グループの持株割合を順に加算し、その割合が50%超になる時における株主グループに属していないことというのです。つまり、上位2位までの株主グループで50%を超えていれば、上位3位までの株主グループに所属している人も、対象となるということになります。

もうひとつの優遇税制

さて、いかがでしたでしょうか? 以上で、ベンチャー企業の要件と個人投資家の要件の解説を終わりますが、なかなか厳しい部分があると感じられたのではないでしょうか?

そこで続いては、「エンジェル税制」にある、もうひとつの優遇税制について解説したいと思います。こちらの優遇税制の方が、優遇内容では大きく見劣りするのですが、かなり要件は緩くなっています。

次の通り、ベンチャー企業要件の(1)と(2)が緩和されているのです。

ベンチャー企業要件
(1)創業(設立)10年未満の中小企業者であること
(2)下記のイ、ロ要件のいずれかを満たすこと

設立経過年数 イ要件 ロ要件
1年未満 研究者が2人以上かつ全従業員の10%以上 開発者が2人以上かつ全従業員の10%以上
1年以上2年未満 試験研究等(宣伝費、マーケティング費用を含む)が売上高の3%超 開発者が2人以上かつ全従業員の10%以上
2年以上5年未満 売上高成長率が25%超
5年以上10年未満 売上高成長が25%超で直前期までの営業キャッシュフローが赤字

特に、(1)の創業10年未満ということは、創業3年以上になると使えなくなってしまう前述の優遇税制と異なり、大きな緩和です。

また、前述の優遇税制では、2年目と3年目に営業キャッシュフローが赤字である必要がありますが、こちらではその要件が入ってません。多少、様子を見ながらの投資であっても、こちらであれば対応していることになります。さらに、優遇税制の適用を受けることができる投資金額にも、上限がないのも嬉しいお話しでしょう。

ただし、問題はその優遇内容です。上限金額「ベンチャー企業への投資額全額を、その年の他の株式譲渡益から控除」するというものにとどまっています。つまり、投資した年に他の株式を売却した譲渡益が発生していなければいけないこととなり、昨今の経済状況を考えると、ある意味最も厳しい要件かもしれません。しかも、公開企業の株式譲渡益にかかる税率については、今年から10%から20%に戻る予定であったものが、2011年12月まで年間500万円以下の部分について10%の軽減税率が適用されることになったので、適用を受けられたとしても、メリットが少ないことになってしまいました。

以上で「エンジェル税制」の解説を終わりますが、最後に、申請から確定申告の流れをおさえておきましょう。

「エンジェル税制」の申請から確定申告までの流れ(出典:経済産業省)

「エンジェル税制」の適用を受けられるか、受けられないかが投資後でないとかわらないと投資家にとっては非常に不安かと思います。そこで、各地方の経済産業局では「エンジェル税制相談窓口」を設置して、事前確認制度を設けています。 詳しくは、経済産業省のWebサイトをご覧頂きたいのですが、投資の前に確認をしておけば、投資家には安心して投資をしてもらうことができるでしょう。もちろん、投資を受けた後に申請を行うこともできます。

主にベンチャー企業側での処理が中心となるのですが、各地方の経済産業局に申請書類を提出することによって、対象企業として承認されると経済産業大臣の確認書が交付されます。 そして、それをベンチャー企業は、確定申告に必要な書類を個人投資家に提出し、その書類を添付して、個人投資家は税務署へ確定申告を行い手続きは完了となります。

ようやく日本においても、有効なエンジェル(個人投資家)を育成する税制ができたことは、非常に喜ばしいことだったのですが、しばらく投資は法人、個人ともに控えられてしまうことでしょう。この税制は、平成20年4月から平成22年3月末までの2年間の時限立法となっていますが、再び景気が回復した後も継続して残ることを期待しています。

(税理士・行政書士 杉山靖彦)