今回と次回は予定を変更して、「過去掲載記事の訂正」と関連する補遺を取り上げる。間違いを知ったら早いところ訂正したい。指摘してくださった読者の方に感謝。
垂直尾翼を斜めにする本当の理由
本連載の第96回で「反トルク対策」を取り上げた。その中で垂直尾翼のオフセット、つまり完全に軸線方向にしないで少し斜めに取り付ける、という話をした。これについて、読者の方から「これは違う理由によるものである」との御教示をいただいた。
そこで出てくるキーワードが、プロペラ後流。プロペラが回転すると後方に向かう空気の流れが生じて、それによって飛行機が前進できるわけだが、その後流は真っ直ぐではない。回転するプロペラによって発生するものなので、捻れた流れになる。英語では「Spiraling Slipstream」というそうだ。
といっても、このキーワードで画像検索すると出てくる図は(わかりやすくしようとしたためなのか)捻れがきつすぎるというのが実情であるらしい。それでも、捻れていることに変わりはない。
スリップストリームというと、自動車レースの世界ではなじみ深い言葉だが、飛行機の場合、「先行する機体の後ろに近接すると速く飛べる」なんてことはやらない。そうではなくて「後流」ぐらいの意味だと考えてもらえば良さそうだ。それがプロペラの働きによって捻れるので「捻れた後流」というわけ。
機体の後方から前方に向かって見た状態で、プロペラが右回りだと、右回りに捻れた後流が発生する。それは最終的に、尾部に付いている垂直尾翼に行き着くから、そこで横方向の荷重成分が発生する……のかというと、実際にはもうちょっと複雑な話になるようだ。
プロペラで発生した後流は途中で主翼を横切る。主翼がなくて胴体とプロペラだけなら、捻れた後流は単純に胴体の周囲を取り巻いて流れそうだが、そこに主翼が割って入れば、そこで捻れた後流の動きが妨げられる。
捻れた気流が主翼の上面あるいは下面に当たると、そこで向きが変わり、横方向に向かう流れが強くなる。それが垂直尾翼に影響して横方向の力を発生させるので、機体を真っ直ぐ飛ばさない方向に働く。それを補正するために垂直尾翼を少し斜めにする、との話になるわけだ。プロペラを回転させるところに関係する話ではあるが、反トルクの話ではなかったというわけ。
ただし、主翼とエンジンの位置関係によって影響の度合は違うかもしれない。エンジンの軸線と主翼の中心線が一致しているか。エンジンの軸線が主翼の中心線より上にあるか。エンジンの軸線が主翼の中心線より下にあるか。
この位置関係の違いによって、主翼の上面に流れる後流と下面に流れる後流の比率が違うだろうし、主翼の上面と下面では付いている動翼が異なる(例えば、上面にはフラップは出てこないが、逆にスポイラーは上面にしか立てない)。さらに胴体との関わりも出てくるから、かなり複雑で難しい話になる。
それをすべて書き始めるとややこしいことになるので、今回はとりあえず「捻れた後流が機体の動きに影響するので補正のための設計が入る」というところだけ知っていただければと思う。
なお、プッシャー式の機体ではこういう問題は起こらない。後流が捻れていても、それは機体の尾端で発生するから、後は何も翼面がない空間に流れて行くだけである。それなら横向き成分が発生して機体が振られることはない。
以前に取り上げた、ゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ社の無人機(UAV : Unmanned Aerial Vehicle)・ガーディアンがこの形態。同機に限らず、UAVでは尾端にプロペラを取り付けたプッシャー式の機体が多いのが面白い。
多発機だとどうなるの?
ここまで書いてきたのは単発機の話。では、多発機だとどうなるか。
プロペラ後流は真っ直ぐに後方に流れるのではなくて、プロペラ上側の回転方向と同じ向きに流れるという。後方から見て右回りだったら、プロペラ上側は左から右に向けて動いていることになるから、後流も右に向かって流れる。
すると多発機の場合にはどうなるか。機体を後方から前方に向けて見た状態でプロペラが右回りなら、右回りに捻れた後流が発生する。ただし、多発機だとエンジンは主翼に取り付けるのが普通である。
そして前述したように、後流は真っ直ぐではなく(プロペラが右回りなら)右方向に流れる。それが主翼の上面に当たれば、これもまた右方向に流れる(下面だと逆)。こうして横向きの荷重成分を生むことになる。
つまり、左主翼の1番エンジンで発生した後流の影響と、右主翼の2番エンジンで発生した後流の影響は、完全に同じにはならないだろう。もちろん、エンジンの回転方向が逆になれば、この関係は逆になる。
といっても、これは単垂直尾翼機の場合。垂直尾翼が複数あれば、軸線から離れた場所に垂直尾翼が位置することになるので、また違ったことになりそうだ。軸線から垂直尾翼がどれぐらい離れているか、による影響もありそうで、考え始めると夜も眠れなくなる。
似て非なるもの・ベイパーリング
プロペラ機(エンジンはレシプロ・エンジンでもターボプロップ・エンジンでも同じ)が飛んでいる写真を見ると、ときどき、プロペラの先端から渦巻き状の線をひいている写真を見かけることがある。これをベイパーリングという。
ちょうど筆者も最近、これを生で見た。場所はカリフォルニア州サンディエゴ北方のミラマー海兵航空基地。そこで米海軍のアクロバットチーム「ブルーエンジェルス」の支援機を務めているC-130が離陸した時に、盛大にベイパーリングを発生させていた。
当日のミラマーはかなり湿度が高かったようで、他の機体も「ベイパー祭り」と化して、筆者は大いに楽しませてもらった。F-35Bは主翼上面全体に「モワッ」とベイパーを発生させていて、その模様はミリタリーマガジン『J wings』の2018年12月号に執筆させていただいた記事で見ることができる。
おっと、閑話休題。本題はベイパーリングである。これはネジ状の流れになっていることから、捻れたプロペラ後流のことだと勘違いされそうだが、別物である。
プロペラの先端で空気の圧力が下がり、大気中の水分が凝結することでベイパーが発生する。そしてプロペラを回転させながら機体が前進すると、プロペラ先端の軌跡はネジ山と同じようになる。だからベイパーリングはネジみたいな線を描く。本物のプロペラ後流はプロペラの後方全体から発生しているので、こんな細い線にはならない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。