「ボーナスが出たから、住宅ローンの返済に充てよう」 そう考えているあなたに、一つ質問がある。「もし銀行から『年利1%・途中解約不可』の金融商品を勧められたら、あなたは1000万円で購入しますか?」
おそらく、多くの人が「NO」と答えるはずだ。しかし、住宅ローンの繰上げ返済をするということは、実はこれと全く同じ取引をしていることに他ならない──。
総資産30億円の不動産投資家・小原正徳氏は、「繰上げ返済は、経済合理性で見れば多くの場合、『悪手』です」と語る。良かれと思って借金を減らす行為が、なぜ「人生の自由」を奪うことになるのか。
多くの日本人が陥る「借金返済の罠」と、プロだけが知る「お金の正解」について、小原氏に話を伺った。
節約のはずが逆効果…返済で人生の選択肢が減る
住宅ローンを繰上げ返済することの最大のメリットは、当然ながら「利息軽減効果」にある。元本を早めに減らせば、将来支払うはずだった利息をカットできる。
「借金は少しでも早く返すもの」という親世代からの教えもあり、この「節約額」こそが、多くの人を繰上げ返済へと駆り立てる動機となっている。
しかし、その節約効果は、私たちが必死になって手元の現金を差し出すのに見合うほど、劇的なものなのだろうか。小原氏は、その費用対効果の低さを指摘する。
「例えば、3000万円を金利1%・35年返済で組んだとします。10年が経過し、手元にできた1000万円を使って繰上げ返済をした場合を計算してみましょう。返済期間を短縮する『期間短縮型』を選んだ場合、軽減される利息総額は約174万円。毎月の返済額を減らす『返済額軽減型』なら、約126万円の軽減効果になります(※)」(小原氏)
※元利均等を前提とした概算。手数料や控除の有無、繰上げタイミング等で前後する
35年という長い歳月をかけて、ようやく150万円前後の節約。この数字を前に、多くの人は「それでも浮くなら大きい」と感じるかもしれない。だが、小原氏はその判断に警鐘を鳴らす。
「冷静に考えてみてください。あなたは今、手元にある自由に使える1000万円という最強の武器を失ってまで、35年かけて薄く広く得られるわずかな節約を取りに行こうとしているのです。多くの人は『借金が減る』という安心感に目を奪われ、手元の現金がなくなるリスクを軽視しています。1000万円あれば、人生の選択肢が広がります。それを、わずかな利息削減のために壁の中に埋め込んでしまう。それが繰上げ返済の正体なのです」(小原氏)
いざという時、強いのは現金
「手元資金で借金を返済して身綺麗になる」。この道徳的に正しいとされる行為の、一体何がリスクなのか。一般的な感覚では理解しがたいこの問いに対し、まず小原氏が挙げたのが「生活防衛資金」という概念だ。
人生には予期せぬ事態がつきまとう。病気や怪我での収入減、突然のリストラ、あるいは家族の介護。そうした危機的状況において、あなたを守ってくれるのは「住宅ローンを完済した家」ではなく「手元の現金」に他ならない。
「私が常に言っているのは、生活防衛資金として最低でも500万円は手元に残しておくべきだ、ということです。これは投資にも回さず、もちろん返済にも充てず、純粋な現金として持っておくべきお金です」(小原氏)
家計のバランスシートにおいて、負債が減ることはたしかに健全化を意味する。だが、それはあくまで平時の論理だ。有事の際、銀行の態度は冷徹である。
「もし、手元の1000万円をすべて繰上げ返済に使ってしまった直後に、自分が働けなくなったらどうなるでしょうか。銀行は、たとえ住宅ローンの残債が減っていたとしても、収入のない人にお金は貸してくれません。壁に埋まったお金は、いざという時に引き出せないのです。逆に、手元に1000万円があれば、当面の生活費にも困りませんし、新たな挑戦をするための準備資金にもなります。現金を借金の返済で消滅させるということは、この『人生の防御力と選択肢』を自ら捨てているのと同じことなんですよね」(小原氏)
続けて、小原氏は「もちろん、手元にお金があると使ってしまうタイプの人もいます」と話す。その場合は“強制的に貯める仕組み”として返済を選ぶ合理性が出ることもある。大切なのは、自分の性格と家計の耐久力を踏まえた判断だ。
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