梅雨が開け、心も体もアツくさせる夏がやってきた。海水浴や花火大会など、夏らしいレジャーを楽しみたいところではあるが、気象庁によれば今年も酷暑となる予想。各地で最高気温40度オーバーを記録するようなときに外出したら、身の危険すら感じるだろう。

クーラーの効いた涼しい部屋にいながらも、自然に触れ、夏休み感を味わえないものか。そう考えながらSteamサマーセールでゲームを探していたところ、イギリスのインディーゲームスタジオ「Balloon Studios」が制作した作品『Botany Manor』に出会った。

  • 『Botany Manor』レビュー

    涼しい部屋から『Botany Manor』のレビューをお届け

「夏休みの宿題」のワクワク感が楽しめる、植物標本づくり

『Botany Manor』は、一人称視点のパズルアドベンチャーゲーム。ヴィクトリア朝が全盛期を迎えた1890年のイギリスが舞台だ。プレイヤーは、庭園で植物学の研究に励む女性「アラベラ・グリーン」となって物語を進める。

霞みがかった温室内の倉庫からゲームがスタートし、アラベラは一通の手紙と小包を手にする。手紙の差出人は庭園の管理人で、どうやらアラベラは長期旅行で家を留守にしていたらしい。

小包の中身は、自著『過去となったフローラ』。本の表紙を開くと、「研究を終えてハーバリウム(植物標本)が完成したら、返送してほしい」と出版社からのメッセージが添えられていた。この本を完成させるべく、庭園内で植物の研究を進めていくことが本作の目的のようだ。

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    アラベラの著書『過去となったフローラ』。本には植物の情報だけではなく、庭園の地図や手がかりのメモが記されている

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    どんよりとした空気が漂う温室。アラベラの不在により、庭園の手入れが疎かになっていたようだ

温室内の扉を開くと、早速チュートリアルが始まる。空気清浄効果を持つ「キヨラカザグルマ」の種を手に入れると、本にページが追加された。植物を育てて標本を完成させるためには、いくつかの「手がかり」が必要となる。まずは温室内を探索し、情報収集をしなければならない。

黒板の研究レポートや友人の手紙からヒントを得て、手がかりをひとつずつ当てはめていく。すると、「シチリアの火山付近に生育する植物」「限られた気温でしか育たない」「空気清浄効果がある」など、少しずつキヨラカザグルマの特性が見えてきた。

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    キヨラカザグルマの標本ページ。作中には現実世界の地名が多く登場するが、研究対象は架空の植物

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    黒板に残された研究レポート。左には地域ごとの気温の一覧表、右には野花の生育地域が記されており、花を咲かせるための手がかりとして使える

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    友人からの手紙にもヒントが隠されている。うっかり読み飛ばしてしまわぬよう、熟読するのが大事だ

鉢植えに種を蒔き、水を与え、手がかりにあった適正温度まで室温を上げると、キヨラカザグルマが見事な花を咲かせた。温室の澱んだ空気が洗浄され、ガラス張りの天井の向こうに美しい青空が広がる。本のページには植物の絵と詳細内容が加わり、完成へと一歩近づいた。温室を出て庭園へと進み、アラベラはさらなる植物の研究に励むこととなる。

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    庭園内のあちこちに設置された作業台。ここで植物の種を植え、開花に向けた準備を整える

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    集めた手がかりをつなぎあわせ、キヨラカザグルマの特性に合わせた気温に室温を高めると、愛らしいピンク色の花が咲いた

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    花が咲くと、空白だったページに植物の絵が描かれ、詳細が書き加えられる。さまざまな植物標本を完成させていくコレクター要素も楽しい

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    キヨラカザグルマの効果で温室内の空気が清浄され、視界がクリアに。美しい青空と優美な庭園の様子が見える

作中にはさまざまな架空の植物が登場し、植物を育てるための手がかりも徐々にその数を増していく。チャプターによっては複数の植物を同時進行で研究しなければならず、どの手がかりがどの植物のものか、パズルのようにつなぎ合わせていく必要がある。庭園や邸宅に散りばめられたヒントを探しながら正解を導く作業は、まさに研究者そのもの。難しすぎず簡単すぎない、程よい謎解きレベルが心地よく、つい時間を忘れて没頭してしまった。

そして、聞いたことも見たこともない架空の植物だからこそ、「一体、どんな花が咲くのだろう」と期待感が大いに膨らむ。ワクワクしながら開花を待ち望む感覚は、どこか夏休みの宿題の定番「アサガオの観察日記」に似ていた。『Botany Manor』をプレイすると、遠い記憶の彼方に消えていた夏の思い出が蘇ってくる。本を完成させれば、きっと先生も100点満点をくれるに違いない。

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    研究場所は庭園のみならず、邸宅内の浴室にまで及ぶ。浴槽に咲く「ミナモセイハイ」は、水温と水質が開花の鍵となる

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    「ミナモセイハイ」には水をろ過し、錆や金属を取り除く特性がある。産業革命による水質汚染や環境破壊など、植物の研究によって時代背景が見えてくるのもおもしろい

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    洞窟などの暗所に生育する「シャベリスイギョク」。幻想的な景色が広がり、思わずため息が出る

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    モールス信号が開花のきっかけになるなど、謎解きのギミックも多種多様で制作者のこだわりを感じる

美しい庭園とアンティークに囲まれた邸宅で過ごす、優雅な夏のひととき

植物の研究を進めていくと、家族や管理人からの手紙とともに鍵が届き、庭園内で行動できるエリアが少しずつ広がっていく。アラベラの一族が代々暮らす大きな邸宅も探索エリアのひとつで、研究室やキッチン、屋根裏部屋、図書室などさまざまな部屋が登場する。

邸宅内の部屋は細部に至るまで作り込みがなされ、手がかりとなるアイテム以外の小物やアンティーク家具にも思わず見入ってしまう。幼い頃に遊んでいたドールハウスの世界に飛び込んだようで、ただ邸宅内を歩き回るだけでも見どころが豊富で楽しい。

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    本に記された、庭園の地図。あまりにも広大で、方向音痴な筆者は度々迷子になってしまった

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    邸宅内の食堂エリア。家具や照明、絵皿の一枚一枚が、19世紀後半のヴィクトリアン様式の絢爛さを物語る

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    アラベラが祖母から受け継いだ研究室。こんな素敵な部屋でなら、仕事や勉強もさぞ捗るだろう……

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    凄まじい数の本が収蔵された図書室。物語の終盤では、アラベラの人生を大きく変える重要な場所となる

また、庭園や邸宅には所々にソファやベンチが設置され、座って景色を眺めることができる。一人称視点に加え、鳥のさえずりや風の音、川のせせらぎが没入感をさらに高めてくれる。まるで避暑地の別荘に訪れたかのような感覚になり、優雅なひとときが夏の暑さをすっかり忘れさせてくれた。ゲームの進行には関わりのない細やかなギミックではあるが、探索や謎解きに疲れたときは、ぜひベンチに腰を降ろしてリラックスしてほしい。

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    木陰のベンチから覗く、庭園の一角。池の水音が涼やかで気持ちがいい

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    果樹園のベンチから見える景色。アラベラ以外に人の気配はなく、自然あふれる庭園を独り占めできる

さくっと気軽に楽しめる、大人の夏休み

研究対象となる植物は、全部で12種類。プレイ時間も約4〜5時間程度で、さくっとクリアできるだろう。脱出ゲームや謎解きが好きな筆者としては、もう少しボリュームが欲しいところではあったが、休日にのんびりプレイするには難易度も含めちょうどいい塩梅の作品だ。

どこかに出かけたいけれど、夏の暑さで外出が億劫になっている人、忙しさのあまり夏休み感を味わえずにいる人には、ぜひ『Botany Manor』をおすすめしたい。のんびりとした開放感ある庭園の雰囲気に癒されながら、優雅な「大人の夏休み」を満喫してほしい。

『Botany Manor』のプラットフォームは、PC、Xbox Series X|S、Xbox One。Steamには無料の体験版もあるので、気になった方はぜひチェックしてみてはいかがだろうか。

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    少しの間、現実を忘れ、美しい庭園を散策してみてはいかがだろうか