災害大国といわれる日本、国や自治体がさまざまな対策を行っていますが、いざ大きな災害が発生すると悲しいニュースはなくなりません。防災への取り組みとして、家電メーカーのシャープ、茨城県つくば市、防災科研(国立研究開発法人 防災科学技術研究所、NIED)がタッグを組み、「家電を使った防災情報伝達」を構想。

2023年2月27日から3月5日まで、シャープのIoT家電に搭載された「発話機能」を使った災害防災情報実証実験が行われます。対象の地域は茨城県つくば市全域。IoT家電の発話機能を使った実証実験とはどういったもので、私たちの生活にどう関わっていくのかを取材しました。

  • つくば市、防災科研、シャープによる「発話機能搭載家電を利用した防災情報伝達実験」についての会見。左から、シャープの中田氏、防災科研の林氏、つくば市の五十嵐市長、防災科研の取出氏

  • 実験に参加できるのは、対象となるシャープのAIoT家電を利用していて、あらかじめ専用アプリから登録しているつくば市民。対象の家電は、シャープ製のAIoT冷蔵庫、AIoTエアコン、AIoT空気清浄機の一部です

家電が防災情報を伝えるメリットは?

シャープのAIoT(AIを搭載したIoTのこと)搭載家電は基本的にクラウドにつながっており、自然な音声対話技術を持っています。今回の「発話機能搭載家電を利用した防災情報伝達実証実験」は、クラウドから災害情報を家庭内のAIoT家電へと送信し、家電からの音声によって防災情報を効果的に伝えられるかを確認する実験です。

いままでは自治体の防災行政無線(屋外スピーカー)や防災ラジオ、スマートフォンによる緊急速報メールなどが主要な防災情報を発信していました。しかし、防災情報は「A町は川が近いから避難勧告が必要だけど、B町は関係ない」など、同じ市内でも異なる情報が求められます。防災情報を伝える既存の手段には、それぞれにメリットがあればデメリットもありました。

  • AIoT家電を使った取り組みと、これまでの災害情報伝達手段について説明する、防災科研 理事長の林春男氏

・防災行政無線:地域に設置された屋外スピーカーから災害情報を放送。限定されたエリアにピンポイントで情報を伝えられますが、スピーカーが遠い家庭では聞こえにくいというデメリットも。一方、闇雲にボリュームを上げればスピーカーに近い家庭にとっては騒音になってしまいます。

・防災ラジオ:災害時に自動で電源が入り、災害情報を放送する緊急告知ラジオのこと。自治体で頒布されることも多いのですが、そのぶん自治体にコストや運用面の負担がかかります。

・スマートフォンでの緊急速報メール:スマートフォンから特別な着信音や鳴動で災害情報を発信。配信エリアが大きく、地域に最適なピンポイントの情報を発信しにくい点がデメリットです。また、自宅内ではスマートフォンを持ち歩かない人も多いので、アラートを聞き逃してしまうことも。

  • 現在運用されている防災情報の伝達手段には、それぞれ一長一短があります

  • 既存の災害情報伝達手段は基本的に広域なのに対して、シャープのシャープのAIoT家電は郵便番号単位でマップ化が可能。「家電」ということで、把握しにくい「隠れ停電」も発見できます

  • 構想では、家庭内の家電からも停電や通信断といった情報を取得。レジリエンスに関する統合プラットフォーム「IRIN(アイリン)」を通じて、公的機関や企業が災害対応に活用します

  • つくば市役所のキッズスペースに設置されたシャープ製のAIoT空気清浄機。Macアドレス(ネットワーク上の識別情報)を登録することで、「公共の場所に設置された家電」や「自宅に設置された家電」を認識して、発話内容を変化させることも技術的には可能。家電による防災対策には多くのメリットがありそうです

これらの問題を補完するために提唱されたのが、今回の「防災情報を発話」する生活家電。生活家電なら一般的にどの家庭にもありますし、「防災のためにわざわざ設置」する必要がありません。

シャープのAIoT家電は専用アプリに郵便番号の登録が必要となるため、細かな地域ごとに発話内容を変化させられます。さらに、シャープのAIoT家電は友人との会話のような「人と寄り添うような発話」も特徴的。防災科研の取手新吾氏は「無機質なデバイスが防災情報を伝えても聞き流されるかもしれませんが、日ごろ使っている家電からの発話なら耳を傾けるのではないでしょうか」と、家電ならではのメリットについて期待を語りました。

  • 今回の実証実験にて、立て役者の一人となった防災科研の総合防災情報センター センター長補佐の取手新吾氏。IoT家電でどのようなデータを取得できるかを聞いて、家庭で防災に活用できるのでは? と思い付き、シャープに共同研究を提案したとのこと

全国的な情報伝達システムをゼロから構築するには莫大な経費がかかりますが、シャープのAIoTサービスはすでにシステムを構築済み。

取手氏は「今回の実証実験にかかる経費」を質問されると、「厳密にいえば今回の実験のために動いた自分や関係者の人件費がありますが、基本的には経費はかかっていない」と明言します。

  • シャープのAIoTプラットフォームは、すでに多くの他社製プラットフォームとの連携を実現しています

家電が防災情報を発信するための課題とは……?

メリットが大きそうに見える「生活家電による防災情報の伝達」ですが、実際に私たちが家電で防災情報を受け取れるようになるには、あとどれくらいかかるのでしょうか? シャープ AIoT事業推進部の中田尋経氏は「今回の実証実験はまだスタート段階」だとします。

  • シャープ Smart Appliances & Solutions事業本部 AIoT事業推進部 部長 中田尋経氏

既存の防災行政無線やスマートフォンのエリアメールによる災害情報などは、情報源として消防庁の全国瞬時警報システム(通称:Jアラート)を利用しています。災害が発生すると、国からの情報をJアラートが人工衛星や地上回線を使って瞬時に、各自治体やデバイスの自動起動装置などに伝えます。

今回の実証実験は、シャープがあらかじめ録音した実験用の音声データをAIoT家電にダウンロードし、指定した時刻に再生するだけです。会見では災害時に流れる音声の一例として、家電から避難を促す音声が再生されました。ただし実証実験では、参加者が本当に災害が起きたと間違えないように「今日は湿度が低いので気を付けましょう」といった問題のない発話内容になるそうです。

【動画】会見で流された避難を促す音声発話のデモンストレーション(音声が流れます。ご注意ください)

  • シャープのAIoT家電(一部を除く)は、本体内蔵の音声を発話するほか、クラウドから文章をダウンロードして発話できる点が大きな特徴

  • 今回の実証実験は、国や自治体といった災害対応機関からの情報を、家庭の家電から発話することを想定したものです

実験中に再生される発話の最後には、「かでん」といったキーワードを挿入。実験参加者が自宅内でキーワードを聞き取れるかをチェックします。シャープの中田氏は「家電が突然発話した内容を聞き取れるのかを確認している段階です。具体的な計画はまだまだ先」としています。

また、今回対象となった家電が「冷蔵庫、エアコン、空気清浄機」に限定されている点については、「ホットクック(電気調理鍋)などの調理家電は、使用していないときはコンセントを抜くことが多いため対象から外した」とのこと。

機能的にも、既存のシャープ製調理家電は、電源オフ時に自分から発話するプッシュ型発話に対応していません。これについて中田氏は、今後は家電が災害情報を伝達することを見越して、調理家電などの製品をプッシュ型発話に対応させる可能性もあるとコメントしました。

会見では、今回の実験を共同で行うつくば市の五十嵐立青市長が登壇し、「どこの家庭にもある家電を使って防災に役立てるというのは、さすが目の付けどころがシャープ」と会場の笑いを誘いました。今後はメーカーを問わず家電を使った防災の取り組みを進め、一人でも被災する住民が減ることを願っていると語りました。

余談ですが、シャープの企業スローガン「目の付けどころがシャープでしょ。」は、1990年から2010年まで使われてきたもの。2010年1月からは「目指してる、未来がちがう。」、2016年11月からは「Be Original.(ビー・オリジナル)」です。

  • 「わが家でもシャープのしゃべる家電を使っている」という、つくば市の五十嵐立青市長

つくば市、防災科研、シャープともに、今回の会見で主張したのは「シャープだけでなく、将来は日本の主要メーカーみんなで『家電の防災情報伝達』に関わりたい」ということ。今回の取り組みが実用化した場合、家電は既存の防災情報伝達手段の補完であり、既存の防災情報伝達手段の「置き換わり」ではないとのことでした。実用化は先になりそうですが、家電の役割はこれからますます大きくなるのかもしれません。