ソニー、東京大学、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が連携して、「STAR SPHERE(スタースフィア)」と名付けた新しい人工衛星の開発プロジェクトを進めています。ソニーの高性能カメラを載せて、誰もが簡単な操作で宇宙や地球の4K動画・写真が撮れるという、画期的なエンタメ用途の人工衛星を取材してきました。
人工衛星に積んだソニーのカメラで、誰でも気軽に宇宙の動画・写真を撮れる
STAR SPHEREのプロジェクトは、2017年ごろ、ソニーと東大、JAXAの有志が集まる勉強会から生まれたそうです。2020年春にはソニーが正式に事業化を決定し、2021年は一気に人工衛星とその遠隔操作に向けたソフトウェアを形にしました。ソニーグループが1月13日に開催した会見では、STAR SPHERE推進室の室長である中西吉洋氏が、プロジェクトのコンセプトについて次のように語っています。
「いま世界中で、宇宙に関連するビジネスが注目されています。ソニーは東大とJAXAとチームを組み、多くの方々がもっと宇宙を身近に感じられる体験やサービスを提供したいと考えました。特徴は、人工衛星のカメラを誰もが簡単にパソコンなどから操作して、宇宙の星や地球を撮影できることです。宇宙の視点から俯瞰することによって、多くの方々が地球の自然環境や、地球に暮らす人々の多様性に思いを馳せたり、心を豊かにするきっかけをつかんでもらえればうれしく思います」(中西氏)
プロジェクトに参加するソニー、東大、JAXAは、それぞれ役割を分担しています。
カメラを内蔵する「ミッション部」の開発と、シミュレーターと呼ばれる遠隔操作のソフトウェアなど、全体のシステム構築はソニーが担当。小型の衛星開発に豊富なノウハウを持つ東京大学は、「バス部」と呼ばれる人工衛星の電源やエンジンなど推進系を手がけます。そして、人工衛星の開発・運用など、数多くの実績を重ねてきたJAXAがプロジェクトに関連する技術や事業開発の支援をしています。
ソニーの人工衛星はけっこう小さいぞ!
今回、本番運用に近い最終仕様にまで作り込んだという、人工衛星の試作機を見ることができました。詳細は開発に携わるソニーグループの梅田哲士氏が解説しました。
人工衛星はCubeSatの規格仕様に基づいて設計された、長手方向の最大寸法が約30cmの「6Uサイズ」と呼ばれる小型ボディ。人工衛星と並んでうれしそうなマイナビニュース・デジタルの林編集長がサイズ感の参考になるでしょうか。
コンパクトな長方形の本体内部には、ソニーが開発する「ミッション部」が内蔵されています。各種センサーの動力や、通信に必要なバッテリーはソーラー充電で供給されます。梅田氏は「撮影時にカメラが多くのバッテリーを消費するため、少ない電力で撮影を続けるための設計・運用に腐心している」と話しています。
STAR SPHEREの人工衛星は地球の大気圏を越えて、上空500〜600kmの高度へと打ち上げられる予定。投入軌道は未確定ですが、1日に15〜16回、地球を1周して、そのうち日本の上空を1日に数回通ることになるそうです。
人工衛星を動かすためのさまざまなセンサー
ソニー製のカメラとレンズは、4K動画と静止画を撮影できること以外、ズーム比率や画角など詳しい仕様は公開されていません。カメラユニットは人工衛星に固定されるため、撮影範囲を調整するには人工衛星の向きごと変える必要があります。
人工衛星を動かすには、小さな円盤を組み合わせた特殊な可動部(リアクションホイール)を動かして、発生する反作用によってXYZの3軸で小刻みに位置を調整。ゆっくりとていねいに操作すれば、360°連続パノラマ写真も撮れるそうです。
姿勢制御には、GPSやジャイロセンサーから得られる自己位置情報に加えて、イメージセンサーで恒星の位置を捕捉して人工衛星の姿勢を測定する「スタートラッカー」を組み合わせます。また、ソーラー充電の効率を最大化するため、常に太陽の位置を正確にトラッキングする「サン・センサー」という人工衛星独自の機構も設けています。
また、人工衛星には本体を操作・制御するためのコマンドを送受信するアンテナ(2GHz帯/Sバンド)と、カメラで撮影した動画・静止画の大容量データを高速に通信するアンテナ(8GHz帯/Xバンド)が内蔵されています。大容量の動画データを送信している間も、安定して人工衛星を操作・制御できるように、2種類のアンテナは個別に通信を行えるように設計しているそうです。
本体のソーラーパネル側には、衛星の軌道高度を維持するためのスラスター(推進器)があります。推進剤には取り扱いがしやすく、環境負荷も少ない「水」が使われています。なお、6Uサイズの小型人工衛星の寿命は、一般的に2〜3年と言われています。
シミュレーターソフトで直感的に衛星を動かせる
現在ソニーが開発を進めている、Windows PCで動く撮影シミュレーターも公開されました。ユーザーインタフェースの役割を果たすシミュレーターによって、誰でも簡単に人工衛星を動かして、カメラのシャッターを切れます。
シミュレーターの画面は3つの表示(ビュー)が切り換えられます。地球全体のイメージと人工衛星の軌道をとらえた「Earthビュー」、衛星と撮影ポイントを1つの画面で俯瞰する「Satelliteビュー」を使って撮影したいポイントを決めて、カメラのリアルタイム映像をフレームに収める「Cameraビュー」からシャッター操作を行います。
人工衛星が地上局の上空を通過する「10分間」には、ユーザーが自由に衛星を操作しながら、動画や写真のリアルタイム撮影が可能になります。それ以外の時間帯は、時刻を予約してシャッターを切るタイマー撮影です。
2022年秋の打ち上げ、2023年春ごろからのサービス開始を目指す
事業室長の中西氏は、今後のサービスの提供方法や形態について次のように語ります。
「STAR SPHEREの人工衛星は、2022年の10月から12月ごろに打ち上げる計画です。宇宙空間での初期運用を2〜3カ月で安定させ、2023年の早めに一般の方々に撮影体験を提供したいと考えています」(中西氏)
一般のユーザーが人工衛星を利用する料金体系については「これから詰めていく段階」としながら、期待感を探りつつ「高すぎず安すぎないところを見つけたい」(中西氏)とのことです。
例えば、ユーザーが撮影したいポイントに雲がかかっていて、地表が見えないことも考えられます。シミュレーター上では、雲がかかっている様子ごと撮影できる体験も確保できているようですが、「地表を撮りたい」というニーズも当然あるでしょう。そこで、ユーザーの期待に応えることを含めたサービス体系や規約を、ていねいに検討することも今後の課題としています。
みんなのアイデアが集まって、宇宙が身近に
ソニーグループが開設したSTAR SPHEREのポータルサイトでは、プロジェクトに関連するさまざまな情報を発信中。現代芸術家の杉本博司氏による対談の動画や、ソニーが大学生や高校生を集めて実施してきたワークショップの成果報告などがハイライトされています。
「宇宙の魅力を多くの目線から拾い上げて、伝えていくことが、ソニーがパートナーシップに力を入れる大きな理由」(中西氏)
将来はソニーグループの音楽・映画部門と密に連携しつつ、宇宙空間の雰囲気を体験できる映像と音楽、アニメーションを融合したコンテンツの開拓、さらにメタバース系のエンターテインメントなどにも力を入れていくそうです。
2022年の秋に打ち上げを控える人工衛星は(2022年秋の打ち上げはあくまで目標)、いよいよ試作の最終段階を迎えつつあります。開発を担う梅田氏は、無重力環境での実地テストができないため、エンジニアチームがシミュレーションを使って操作や動き方を徹底的に詰めなければならない難しさについても語っていました。
開発が無事に終えて、来年(2023年)早々には私たちが気軽に「宇宙の動画や写真を撮れる」ことに対して、期待に胸を高鳴らせていることを願うばかりです。STAR SPHEREプロジェクトの展開に注目しましょう。