これまでのキャリア論や人材育成論は、社内での昇進に主眼を置いたものが多かった。しかし、昨今の環境の変化や働き方の見直しによってキャリアのあり方が見直されており、その中でも注目されているのが「デジタル人材」だ。そこで、デジタル人材が活躍できるための組織づくりと、自らがデジタル人材になるための方法について、パーソルプロセス&テクノロジーでワークスイッチ事業部事業開発統括部の部長を務める成瀬岳人氏に聞いた。

--現在、「デジタル人材」という言葉はさまざまな文脈で使われています。初めに、デジタル人材についてどのように捉えているのか、教えてください

成瀬氏:現在は多くの企業が、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進やデジタル人材育成に取り組んでいますね。合同研修やe-learning、ワークショップなどを活用して、デジタル人材の育成に取り組んでいる企業が増えています。そうした中で、多くの企業が共通して「業務知識」「デジタルリテラシー」「推進力」の3点を重視していることが分かり始めました。特に重視しているのは「推進力」です。

  • パーソルプロセス&テクノロジー ワークスイッチ事業部事業開発統括部 部長 成瀬岳人氏

先行してAIエンジニアやデータサイエンティストなど専門スキルを持つ人材の育成に取り組んでいる企業が、現場レベルの日々の業務にデジタルテクノロジーを落とし込むためには推進力のある担当者が必要なことに気づき始めました。テクノロジーを活用するためのリテラシーを身に着けるだけでは不十分であり、プロジェクトの推進者をいかに育てるかが各社の人材育成における大きなトレンドです。

もう1つのトレンドとなっているキーワードは「全社員」です。もはやデジタルリテラシーを持たなくても良い社員はいません。ここでのポイントは「テクノロジーが民主化されている」点だと思っています。

例えば、AI(人工知能)を組み込んだとあるシステムを業務に活用する場面を想像してください。Pythonのようなプログラミング言語でコードが書けなければAIが使えないかと言うと、そうではありませんよね。最近はノーコード・ローコードツールも増えていますので、誰でもある程度のシステムが組める時代になりました。

各社の業務の中で、どのプロセスにAIを活用すると効果的であるかは、システムベンダーにはもちろんわかりません。現場にいる人たちが「このサービスを使えばこんなことができるかも」「このサービスはこの領域が得意だよね」といったことを理解して使う必要が出てきているのです。

したがって、広義で「デジタル人材」を指すときには「民主化されていくデジタルテクノロジーを各現場で使いこなせる人」であると思っています。狭義では、テクノロジースキルとビジネス変革スキルを併せ持った「デジタルコア人材」をデジタル人材として指す場合もありますが、業界のトレンドを見る限りでは広義を指す場面が今後増えると思っています。

  • 全員がデジタル人材になる時代が来ているとのことだ

--では、全員がデジタル人材になるための組織には何が必要でしょうか

成瀬氏:デジタル人材育成においては「リスキリング」が2022年のキーワードの一つになると思います。リスキリングとはデジタル人材になるための能力再開発のことですが、特にテクノロジーを「使いこなす」の部分がポイントです。

  • これから「リスキリング」と「キャリアシフト」が大きなテーマになるという

RPA(Robotic Process Automation)として業務に使えそうなロボットの作り方を集団で学ぶ研修をいくつか見てきましたが、学んだことを現場の中で使いこなせる人と、研修に参加したものの現場には生かせていない人に分かれることに気付きました。しかも、後者が圧倒的に多かったのです。

そこで、研修の順番がそもそも逆であることに気付きました。学んだ後に現場でどう使うかを考えるのではなくて、日々の業務で不便な部分を改善するために必要な知識を学ぶという順番でないと、せっかく学んでも身に付かないからです。

デジタル人材の育成に取り組み始める際、私がお伝えするのは「まずはデジタル化に取り組む目的を作ってください」ということです。取り組む目的を設定した後で、そのために必要な知識や技能を得る機会を提供する順番に変える必要があります。

さらに近年は技術の開発サイクルが加速しており、せっかく学んだことが風化するまでの時間が非常に短くなっています。1回学んで終わりにするのではなく、継続的に学べる状況をどのように作るかを工夫しなければいけないですね。極端な例ですが、企業が研修の機会などを提供しなくても社員が自ら学びたくなるような環境を作って、手を挙げてくれた人にはある程度予算を付けられるような制度も必要だと思います。

会社としてデジタル人材の育成を始める際に鍵になるのは「20%」だと思います。新製品やサービスが普及する過程を説明する時によく使われるイノベーター理論では、一般的にイノベーターとアーリーアダプターを合わせて16%と言われます。ビジネス変革スキルを持った人が全体の16%を少し超えた20%に達するまでがデジタル人材育成における前半戦の要です。

ビジネス変革スキルを持った人が全従業員の20%ほどまで増えると、それぞれの現場の組織で自発的に新しいシステムを取り入れたり、残りの80%の方々を巻き込んで新プロジェクトを進めてくれたりするはずです。また、80%の方々がビジネス変革スキルを身に付けたいと思った場合にも、何から学び始めたら良いかをサポートしてくれます。