京都府立医科大は6月16日、精神科入院患者における抗精神病薬(主に統合失調症の治療に用いられるドーパミンの活動を抑制する作用のある薬剤)の2剤以上の多剤併用が、単回および複数回の薬剤性有害事象(Adverse Drug Event:ADE、薬剤使用に伴う健康被害)の発生に影響していることを明らかにしたと発表した。

同成果は、京都府立医科大 大学院医学研究科 精神機能病態学の綾仁信貴 客員講師(国立病院機構 舞鶴医療センター 臨床研究部 精神医学・臨床疫学研究室室長兼任)、兵庫医科大学 臨床疫学の森本剛 教授、同・作間未織 講師、慶應義塾大学 医学部精神・神経学教室の菊地俊暁 専任講師、杏林大学医学部 精神神経科学教室の渡邊衡一郎 教授、京都府立医科大 大学院精神機能病態学の成本迅 教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国精神医学雑誌「Journal of Clinical Psychopharmacology」にオンライン掲載された。

多剤併用(ポリファーマシー)とは、複数の薬を1人の患者に同時に使用することを指す用語だが、一度にどの程度の薬剤を使用することを多剤併用と定義するかは定まってはおらず、「治療上必要とされる以上の薬剤の使用」という定義が一般的だという。

たとえば精神科治療において、治療抵抗性のうつ病では抗うつ薬に加えて、向精神薬の一種の「抗精神病薬」や、主に躁うつ病の治療に用いられる「炭酸リチウム」を併用することが標準的な治療方法とされている。抗精神病薬は統合失調症の治療に用いられるが、そのほかにも躁うつ病・うつ病・強迫性障害・発達障害・せん妄などのさまざまな精神疾患に加え、幻覚・妄想・興奮・混乱といった精神症状の治療のためにも用いられるなど、抗精神病薬における2剤以上の多剤併用は実際の診療場面ではしばしばみられるという。

しかし、複数の向精神薬(精神科治療で用いられる薬剤の総称)の多剤併用は、死亡率の増加・転倒・入院期間の長期化およびADE発生などのリスクとなり得るとされているが、実際にADEの発生にどのように影響しているかはよく分かっていなかったという。

そうした背景を踏まえ、「JADE-Study(日本薬剤性有害事象研究)」という、日本のさまざまな治療現場でのADEに関するコホート研究が行われた。JADE-Studyでは、共同研究チームの兵庫医科大の森本教授により確立された緻密な調査方法が用いられている。その内容は、医師や看護師などによる経過記録・処方歴・検査結果を含むすべての診療記録に加え、院内で発生した医療に関連する事故やエラーなどの報告(インシデント・レポート)、薬局からの問い合わせ(疑義紹介を網羅的に調査し、得られた情報を複数名の医師により検証する方法)などで、これらの調査により、実際の診療場面におけるADEを高い精度で収集。それと同時に、年齢・性別・主病名・合併症・服用中の薬剤などの患者背景情報を収集することで、ADEの発生に影響する要因についても調査することができる特徴を持つとされる。

精神科入院患者に対するJADE-Studyは、2病院の精神科病床に、特定の1年間に入院し、かつ退院した患者448人(総入院日数2万2733日)を対象に行われた。そして、283人の患者に対して955件のADEが認められたという。

症状の内訳としては便秘(22%・209件)、転倒(15%・146件)、手の震えや身体の固さなどに代表される神経障害の「錐体外路障害」(10%・92件)、過鎮静(9%・82件)などが主に確認されたという。また、重症度の内訳としては4段階の重症度で最も軽い「重要」が677件(71%)、次に程度が重い「重大」が265件(28%)、2番目に重症の「命に係わる」が13件(1.4%)で、最も重い「死亡につながる」は認められなかったとした。

処方薬剤に関しては、435人に対して3990例の定期的な処方が行われ、このうち抗精神病薬の定期的な処方は290人に対して442例認められたとした。抗精神病薬の中では「リスペリドン」が最も多く処方され(25%・109処方)、かつ最も多く1種類で用いられており(58%・63/109処方)、「レボメプロマジン」が最もほかの薬と組み合わせて用いられていることが確認されたという(91%・29/32処方)。

  • 抗精神病薬多剤併用

    抗精神病薬の処方パターン (出所:京都府立医科大プレスリリースPDF)

そして、抗精神病薬の多剤併用を受けた患者は106人(23.6%)で、単剤治療を受けた患者は184人(41.1%)、まったく投与されなかった患者は158人(35.3%)だったという。抗精神病薬の多剤併用を受けた患者(多剤併用群)では、そうではない患者(非多剤併用群)と比べてADEの数が有意に高いことも確認された(2vs1(中央値),p=0.001)ほか、重症度が「重大」または「命に係わる」ADEの割合も、多剤併用群で有意に高いという結果だったという(36%vs26%,p=0.0499)。

ADEが発生するまでの時間を含めた分析方法(生存時間解析)でも、初回ADEおよび2回目ADEのいずれにおいても、多剤併用群での発生率は非多剤併用群と比べて有意に高いことが明らかとなったほか、年齢や服用薬剤数、身体合併症数などの患者背景情報の影響を含めた分析方法(多変量解析)でも、多剤併用群では初回ADEおよび2回目ADEを生じるリスクが、それぞれ約1.5倍と約2倍という高い結果だったという。

  • 抗精神病薬多剤併用

    生存時間解析(カプランマイヤー曲線)。抗精神病薬の多剤併用群と非多剤併用群の初回および2回目の薬剤性有害事象累計発生率の比較 (出所:京都府立医科大プレスリリースPDF)

  • 抗精神病薬多剤併用

    抗精神病薬多剤併用の、初回/2回目の薬剤性有害事象発生への影響(コックス比例ハザードモデル) (出所:京都府立医科大プレスリリースPDF)

なお、今回の研究により抗精神病薬の多剤併用とADEの関連が実証的に明らかにされたことは、今後の精神科診療に対する抗精神病薬の多剤併用の安全性に対する注意喚起となり、精神科医療における質の向上に寄与することが期待されると研究チームでは説明している。また、今回の研究のように、臨床現場での安全性に関する疫学調査の重要性は、今後ますます高まっていくものと思われるとしている。