先に掲載した「カード決済の不正利用問題を解決」に続く、Apple PayやApple Cardにまつわる分析の後編をお送りする。
米国で急速に受け入れられたApple Pay
米国ではクレジットカードのスキミングに対して、消費者もカード発行会社も合理的な解決策としてApple Payを受け入れた。一方で、Walmartなど大手流通は独自のモバイル決済の導入を進めていたこともあり、Apple Payの導入には消極的だった。
しかし、Walmartと共闘していたドラッグストアチェーンなどはApple Pay採用に傾き始めた。確かに、顧客の決済を握ることによる囲い込みは魅力的だが、そこに固執し続けることで顧客の利便性を損ない、Apple Payが利用できる他の店舗に客が流れてしまうこともリスクとなる。
また、現在モバイル決済が最も多く活用されているのは、米国内ではStarbucksだが、2019年に最も人気のあるモバイル決済の座をApple Payに明け渡した模様だ。実際、Starbucksの店舗でもApple Payが利用できるようになりつつある。Starbucks Cardのバーコードも、米国ではiPhoneの「Wallet」アプリに対応し、店舗に近づくとすぐに決済画面が開ける利便性を確保している。
一方、日本のようにおサイフケータイが先に普及した国では、Apple側が歩み寄る場面も見られた。日本では、のちにNFC Type-Fとして認証されたFeliCaによる独自のコンタクトレス決済が普及しており、Suicaをはじめとする交通系と、クレジットカード決済を行うiD、QUICPayが普及してきた。そこでAppleは、日本向けのiPhoneとApple WatchをFeliCa対応として、既存の日本のインフラに対応できるようにした。
ちなみに、iPhoneのWalletに日本のクレジットカードを登録した際、JCBやMastercardなどのグローバルネットワークのロゴと、iDやQUICPayのFeliCa決済の2つが表示されるカードがある。もし、FeliCa決済のロゴしか表示されていない場合は、オンラインや海外でのApple Pay決済に対応していないことを表している。
Appleがカバーできないバーコード決済
その一方で、中国市場から飛び火して日本でも拡大するバーコード決済については、Appleはカバーしていない。
例えば、WeChat PayやAliPayなどのバーコード決済の仕組みはスマホアプリ内で展開されており、iPhoneの上でもAppleは関与できていない。これは日本のバーコード決済でも同様で、動的にコードを生成する仕組み上、「Wallet」アプリに入れて利便性を向上させることもできていない。
中国では、QRコード決済の面倒さやセキュリティの問題から、顔認証も試されつつある。すると、ますますiPhoneなどのデバイスは関与できなくなってしまう。中国市場は、Apple Payにとっては期待が薄くなる一方だ。
日本で好調なバーコード決済も、不確実性を体験することが多々ある。タクシーに乗った際、バーコードを表示させて決済しようとするが、運転手さんのスマホカメラではいくらやってもうまくバーコードが読み取れず、結局現金で支払わなければならなくなったことがある。持ち合わせがない場合、最悪の事態だ。
もちろん、読み取り技術などの改善で体験が向上する可能性もあるが、一度不確実性を体験してしまうと、「QR決済しかできないタクシー」を避けたくなってしまうのも消費者側の心情だ。
米国におけるApple Pay拡大の要、Apple Card
2019年3月のイベントで発表された、ゴールドマンサックスとの協業によるApple Card。これまで、その具体的な契約数などの数字は明らかになっていないため、その成果を測ることはできない。ただ、このカードが導入された理由は、Apple Pay利用促進の障害を取り除くこと、と理解できる。
Apple Cardは、社会保障番号と運転免許証をiPhoneに読み込ませてその場で発行できるクレジットカードで、審査が下りればその場でApple Payを設定でき、すぐに利用開始となる。しかし、この審査がクレジットカードを作る際の障害となっている。
社会保障番号には、その人の信用力を測るクレジットスコアが紐づいており、米国では自分で何点だか知ることができる。例えば、車や住宅のローンを借りたり、クレジットカード決済額に応じてスコアが上がっていく、実績ベースのスコアだ。
裏を返せば、それまでクレジットカードを持っていなかったり、住宅ローンの利用がなかったりする人はスコアが低く、カード会社の審査で落ちてしまう。カードが作れなければApple Payの魅力が半減することから、誰にでも入れるクレジットカードを作る、という問題解決を図ろうとした。それがApple Cardだ。
Apple Cardを金属カードにした理由
Apple Cardには、物理カードがチタン製という、現状のカードホルダーに対してちょっと魅力的な側面も備えている。金属カードに対しては多くの場合、高い年会費を伴うステイタス性があり、年会費無料で金属カードが付いてくるのは「破格」ともいえる。
しかし、年会費無料で金属カードを発行できる理由は、Apple Cardの高いセキュリティ性能にある。Apple Cardには、券面にカード番号の刻印や印字がなく、セキュリティコードも含めてiPhoneのWalletアプリで確認するしかない。つまり、カードを手渡してのスキミングは極めて難しいのだ。
また、物理カードでの決済では1%のキャッシュバックが、Apple Payの利用では2%に設定されており、Apple Payの活用に高いインセンティブが用意されている。今回のシリーズの前稿で触れた通り、Apple Payでは実際のカード番号が露出せず、生体認証を通じてNFCで決済することから、カード番号が不正に取得されることもない。
また、オンライン決済の際のカード番号は、iPhoneの画面から「新規カード番号をリクエスト」を選べば、手元で手軽に変更できる。つまり、Apple Cardにはカード番号がコロコロ変わる前提があるのだ。
カードを再発行しないでカードの不正利用を止められる仕組みによって、カード番号を券面に表示しないカードを実現している。これまでのクレジットカードとは異なる、ステイタスとは関係ない文脈、つまり割れにくく長持ちすることを目指してカードの素材に金属を採用しているのだ。モノとしての魅力を備えている金属カードではあるが、Appleが目指すのはあくまで物理カードを発行しないで済む世界である。
Apple Cardは日本にやって来るのか
Tim Cook CEOは、Apple Cardについて「米国外での提供」に意欲を見せる場面もあった。ただ、世界第二の市場である中国での展開はなかなか厳しそうだし、銀行口座などが生活インフラとして成立していない新興国では、まずそこからAppleが手掛けていかなければならない。
すでにFeliCaベースの金融インフラに乗ることができた日本だけは、ちょっと事情が異なる。米国とは違って、Apple Cardを持ってもらわなければApple Payが利用されない、という事情がないため、「Apple Cardはやってもよいが、優先順位は低い」という分類のままではないだろうか。
著者プロフィール
松村太郎
1980年生まれのジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。Twitterアカウントは「@taromatsumura」。