ニューヨークに雪が降り始めた12月上旬、米ニューヨーク5番街にある「Apple Fifth Avenue」を訪れた。アート作品のような「ガラスキューブ」で知られる「Appleの神殿」、いや……代表的なフラッグシップストアだ。2年半に及ぶ大規模な改装工事を終えて、iPhone 11/11 Proの発売日だった9月20日にリニューアルオープンした。

レポートするなら「再オープン後すぐ行けよ!」という声が聞こえてきそうだが、ホリデーシーズンの午後1時過ぎという年間で最も混雑する時に行くことに意味がある。そこに改装前と後の大きな違いを感じ取れるはずだからだ。もし何も変わっていなかったら、今回のリニューアルは失敗である。

  • 長い改装工事を経て、9月に復活した"ガラスキューブ"

    長い改装工事を経て、9月に復活した"ガラスキューブ"

Apple Fifth Avenueは高級デパートやブランドが並ぶ五番街ミッドタウンの北端にある。背の高いビルが建ち並ぶ五番街を歩いていると、ぽっかりと小さな公園のような空間が広がり、ガラスのキューブが現れる。そのアーティスティックなたたずまいからニューヨークの観光名所の1つになっており、日中から午後9時過ぎぐらいまで店内は常にたくさんの人で賑わっている。ストアは地下にあり、ガラスキューブの出入口かららせん階段またはエレベーターを使って店内に降りていく。

  • ミッドタウンの五番街の北端にあり、Apple Fifth Avenueからセントラルパークの南端を見渡せる

  • ガラスキューブから店内に続くらせん階段、Apple Fifth Avenueは週7日24時間営業

改装前のApple Fifth Avenueは「一度は行ってみるべきApple Store」の1つだったが、ストアとしての体験という点では少なからず課題を抱えていた。例えば、私が10年近く前、ホリデーシーズンの週末に訪れた時には入り口の前に人だかりができていて入店できるまでしばらく時間がかかった。ガラスキューブはFifth Avenueの最大の魅力だが、それゆえにガラスキューブで足を止める人が多くて入り口が混雑した。また、「地上はガラスキューブのみ、店舗は地下」という設計の窮屈さから完全に逃れられてはいなかった。店はフラッグシップストアとしては狭く、近未来的なガラスキューブとは対照的なビルの地下感で現実に引き戻されるような感じがあった。良くも悪くもガラスキューブだったのだ。だから、改装完了後にホリデーシーズンのFifth Avenueに再挑戦である。

行った日は前日の雪から一転して快晴、五番街は期待通りに観光客と買い物客、人と車でごった返していた。そして予定通り午後1時にApple Fifth Avenueに到着したのだが、第一印象は「あんまり変わっていない……」だ。改装前と同じガラスキューブである。

Apple Fifth Avenue店の改装は今回で2回目だ。前回は2011年にガラスキューブを作り直し、使用しているガラスを90枚から15枚に削減。それまで1面あたり18枚だったのが、1面あたり3枚になって、継ぎ目がほとんど目立たない透明なガラスキューブになった。今回の2019年のバージョン3.0ストアのガラスキューブは2.0と変わらない。

でも、違うのはホリデーシーズンでも入り口に行列ができていなかったこと。数人の観光客が写真を撮っていて、それに私も混じっていたけど出入口に人だかりができたりはしない。出入り口が中央のガラスキューブだけではなく、両端に2カ所追加されて計3カ所になったためで、店の仕組みをよく知っている地元の人達の多くは出入りが簡単な新しい出入口を利用するようになって分散したからだ。

  • 北端と南端に設けられた出入口の階段、これらも24時間利用できる

  • 北端と南端の出入口は外側では目立たず、素早く店内に出入りできる出入口としてガラスキューブをサポートする

そして、らせん階段で店内に降りていったら、そこはもう別ストアだった。すごく広々としていて、以前と違って地下っぽさが欠片もなく、店内は外と同じぐらい明るい。以前を知っている人ならまず驚くだろう。

店舗の床面積は以前の2倍近く。それ以上に、天井高を高くした効果で地下の窮屈さがなくなり、実際のスペース以上に広い空間に感じられる。

中央のガラスキューブ部分から外光が差し込むのに加えて、天井には62個の丸い明かり窓、そして「Skylense」と呼ばれるミラーガラスを用いた18個の採光機構から地上の光がふんだんに店内へふりそそぐ。雲のようにゆるやかにカーブした天井にはファブリック素材が用いられており、その中に組み込まれたLEDライトが柔らかい光を放つ。地上の光と連動するLEDライトは、不足する明るさを補うだけではなく、自然光に合わせてLEDのトーンを調整し、時間や天気に応じた自然な明るさを演出する。

  • 明かり窓とSkylense。地上でSkylenseはオブジェのようであり、晴れた日にはベンチになる

  • 自然の光を直接ふりそそぐ昼間の店内は地下とは思えない開放感

  • 夕方になると店内が少し暖色に、目に優しい照明はiPhoneやMacの「Night Shift」のようである

Today at Appleにも使われる巨大な8Kディスプレイはもちろん、広いGenius Bar、ワイヤレス充電器が置かれたグリーンウォール、最高の環境でHomePodを体験できるExperience Roomなどが設けられている。また、開発者やクリエイターとのミーティング、プライベートイベントなどに用いられるボードルームを2つ備える初のストアだ。

  • 休憩もかねて立ち寄ってiPhoneを充電している観光客も多い

  • 店内の喧騒から独立した静かな環境でHomePodのステレオペアリングを体験できるExperience Room

  • 南北に広がる店内で、長い壁を使った商品ディスプレイが美しい

しかし、最大の変化は目に見えないところにある。

Apple製品ユーザーの増加によって、ここ数年の間にApple直営店の混雑に不満の声を上げるユーザーが増えている。例えば、以前は深刻なトラブルに見舞われた時に予約なしで駆け込んでもGeniusに助けてもらえることがあったが、今はGeniusの予約が時期によっては長く埋まっている。また、Apple直営店で何か購入する際には端末を持ったスタッフにその場で処理してもらうが、買ってすぐに出たい時に対応してもらえるスタッフが見つからないということが起こり始めた。レジに並ぶよりも「早くて簡単」という触れ込みだったが、スタッフを探してウロウロするぐらいならレジに並んだ方がストレスがないという意見も。

Apple Fifth Avenueには「自由の女神」像よりも多くの人が訪れる。最も数多くの来店者を集めるストアだけに混雑のトラブルが起こりやすい。しかし、新しい店舗は広い店内の大きな部分をGenius Barのセクションに割り当てており、新しいiPhoneを買いに来た人も多い時期に余裕を持って全ての来店者に対応していた。Apple直営店では製品をゆっくり見ている人達にスタッフが積極的に話しかけることはない。でも、何かを買いたい時、周りを見回してスタッフと目が合ったらすぐに話しかけてくれる。今のApple Fifth Avenueはスタッフが900人近い体制だという。2006年にオープンした時は約300人だった。

  • 世界中から来店客が訪れるだけにほとんどのスタッフが2カ国語以上を話し、36言語に対応できる

Appleは対策に言及していないが、新Apple Fifth Avenueのレイアウトを見る限り、同社は利用者が快適にストアを利用できる体制作りに努めている。それはスタッフの雇用やトレーニング、背後のシステムにまで及んでいるだろう。Apple直営店の混雑はタウンスクエア構想に基づいてオープンした新しいストアにも見られる問題だが、最も多くの来店者を集めるApple Fifth Avenueにおける改善はいずれ他のストアにも広がっていくと期待できる。

ガラスキューブは以前と変わらないものの、改装オープンしたApple Fifth Avenueは全く新しいストアになった。改装の設計デザインを担当したFoster + Partnersはガラスキューブをアップデートするアイディアも持っていたと思う。でも、ガラスキューブはそのままに、ストア体験のみ2020年代のものにアップデートした。正直なところ、改装工事中にはガラスキューブの刷新に期待した気持ちはあった。でも、ガラスキューブはデザインや機能を超えた象徴と化している。第1にSteve Jobs氏の時代に立ち上げられたApple Storeの象徴であり、そして今や五番街に無くてはならないニューヨーク・ミッドタウンの象徴なのだ。

  • マンハッタンの中心にエンパイアステートビルがあるように、今やニューヨークの五番街にApple Fifth Avenueがあるのが自然な風景