米クアルコムがハワイで開催したSnapdragonの発表会「Snapdragon Tech Summit」にて、仮想空間・空間拡張技術を取りまとめた「XR(eXtended Reality)」の進化に一石を投じる、新しい5G対応の専用プラットフォーム「Snapdragon XR2 5G Platform」を発表しました。

  • クアルコムが世界初となる5G対応XRプラットフォーム「Snapdragon XR2」を発表

XRに特化したSnapdragonシリーズの専用チップ

クアルコムは2010年ごろから、VR/ARをはじめとする没入型コンテンツの専用プラットフォームを開発、育ててきました。今回新しく発表されたSnapdragon XR2(以下、XR2)は、クアルコムの5G・AI・XRの技術を統合し、現行の「Snapdragon 835 XR Platform」から一段と大きなステップアップを遂げています。

  • 実寸大のXR2のチップセット

発表会でプレゼンテーションを担当したクアルコム XR部門のバイスプレジデント、Hugo Swart氏は、「XRはスマートフォンのSoCをそのまま流用するのではなく、XR専用に作り込むべきであることはわかっていた。今回いくつかの課題を乗り越えて、5G対応のプラットフォームを実現した」と振り返っています。新しいXR2は、クアルコムのXRファミリーにプレミアムラインとして加わることになります。

Swart氏は、今後クアルコムからOEMに対してチップセットを供給するだけでなく、必要に応じてソフトウェアの技術パッケージも積極的に提供すると明言しました。現在は複数のメーカーが、XR2による商品展開の準備を始めています。さらにクアルコムも数カ月以内に、XR2を搭載するヘッドセットのリファレンスデザインを提供することを明らかにしています。

  • プレゼンテーションのステージに登壇したクアルコムのHugo Swart氏

  • XRのソリューションについてはチップセットだけでなく、ソフトウェアやリファレンスデザインの提供も予定されています

5G通信に単体で対応するXRデバイスを開発できる

クアルコム XR部門のチーフディレクター、Hiren Bhinde氏は、XR2の詳細を解説しました。「XRデバイスは様々なコンポーネント要素からなるため、高性能・低遅延を引き出しつつ、省電力設計を実現することが非常に難しい。そして最終製品はユーザーが使いやすいものに仕上げなければならない」とし、扱いが難しい製品カテゴリーであることを強調しました。

  • XR2のチップの構成要素を説明するクアルコムのHiren Bhinde氏

従来のSnapdragon 835 XR Platformに比べて、XR2はCPUとGPUのパフォーマンスが2倍に向上したほか、ビデオ帯域幅は4倍、ディスプレイの解像度は6倍としています。機械学習にも対応するAIエンジンのパフォーマンスは11倍にもなります。

XR2はデバイスに最大7基のカメラを搭載して、同時に制御できるという余裕を持ったプラットフォームです。7基のカメラを想定する理由については、ヘッドトラッキング、ジェスチャー操作、顔認識などのニーズが高まってきているため、必然的に7つ程度のカメラを載せることが最先端のXRデバイスに求められるからと、Bhinde氏は述べます。

  • XR2はSnapdragon 835 XR Platformに比べて、数々の面で性能の飛躍を遂げています

  • XR2は最大7基のカメラを搭載して、同時に制御できるパフォーマンスを備えています

XR2は、5Gのセルラーネットワークに単体で接続できるスタンドアロンタイプのXRデバイスへの搭載も想定しています。実際には、スタンドアロンとした場合には本体にバッテリーを載せた上で小型・軽量化を図らなければならないため、プロダクトデザインについては様々な課題も見えてきます。5Gネットワークに単体で接続できるXRデバイスは前例がないため、今後いつごろ、どのような製品が出てくるのか楽しみです。

BtoC・BtoB、様々な領域に展開が期待される

デバイスに組み込まれるディスプレイは、左右それぞれで3K/90fpsの動画表示を可能にしています。HDRテクノロジーはHDR10、HDR10+をサポート。ARコンテンツ表示で遅延を減らすカスタムチップも内蔵されています。

  • XRがエンターテインメントだけでなく、BtoBも含む様々な用途に展開していくとSwart氏は期待を語っています

ワイヤレスオーディオのコーデックはaptXを標準装備。また、没入体験型のゲームを快適に楽しむために、音声コマンドの常時スタンバイ機能や、外部の環境ノイズを検知したらディスプレイにアラート表示する機能なども組み込めるように設計されています。

クアルコムのSwart氏は「デジタルトランスフォメーションによる『Reality=現実』の認識は、猛スピードで変化しつつある。クアルコムでも、XRが次世代モバイルプラットフォームの重要な柱になると想定して、10年以上このカテゴリーの技術開発に関わってきた」と振り返ります。

  • 5GとXRが結びつくことによって、ライブエンターテインメント観戦など新たな用途が生まれることも考えられます

そしてSwart氏は、「今後のAR(拡張現実)は、リモートワークなどBotBにおけるユースケースが増えることも想定している。XRのユースケースを開拓する有望なカテゴリーには、ゲーミング、エンターテインメント、製造業、ヘルスケア、業務トレーニング、バーチャルトラベル、リテールビジネスがある」と述べ、それぞれの分野をパートナーとともに開拓していく考えを示しました。

SnapdragonのSoCを搭載するXR製品は、これまで30以上のデバイスが発売されてきました。Swart氏は「スタンドアロンの装着スタイルでシンプルに使える、真にポータブルなXRヘッドセット」が理想であるとしながら、一例として、プロセッサユニットの役割を担うスマホと、ヘッドセットを分割したNreal社のスマートグラス「NrealLight」を挙げていました。

  • 展示会場に並んだ、Snapdragonシリーズを搭載するXRデバイス

2020来年はKDDIからXRデバイス「NrealLight」が日本上陸?

日本国内では、KDDIがNreal社とパートナーシップを結び、NrealLightのローンチに向けた準備を始めています。2019年の夏からは、国内のパートナー企業と組んでXR体験の実証実験を積極的に行っているほか、東京・渋谷のKDDI直営店「au 渋谷スクランブルスクエア」には、NrealLightの体験コーナーもオープンしました。

  • KDDIが国内でパートナーとして取り組むNreal社のスマートグラス「NrealLight」を紹介する、KDDI パーソナル事業本部 サービス本部長 理事 山田靖久氏

今回の発表会でステージに登壇したKDDIの山田靖久氏と上月勝博氏は、イベントの終了後に日本人記者による合同取材に答えて、XRに関連する事業の展望を次のように語っています。

パートナーとしてNrealを選んだ理由については、「NrealLightがコンシューマーにXR体験を届けやすい装着スタイルと価格設定を実現していたから」(上月氏)とします。NrealLightは装着したときに現実空間を視界に入れながら、透過型ディスプレイに表示される情報を同時に確認できるのもポイント。「身に着けたときの安心感が高く、ユーザーへの負担が少ない」ことから、広く受け入れられる可能性が高いはずと、上月氏は期待を寄せています。

  • 展示会場で披露されたNrealLightのauオリジナルモデル。メガネとほぼ変わらない装着感を実現しています

NrealLightが日本国内で発売される時期については、まだ「準備中」とのことですが、山田氏は「国内でも2020年の春に5Gの商用化がスタートするので、2020年はどこかの時期にNrealLightをコンシューマー向け商品として発売したい」と意気込みます。販売経路も確定してはいないものの、山田氏はauのオンラインショップと直営店を中心に、au +1 collectionにてアクセサリー商品のラインナップとして加える方向が有力としました。

クアルコムの5G対応XR専用プラットフォーム「XR2」については、山田氏も上月氏も楽しみと答えています。特に優れたパフォーマンスを実現しながら、消費電力も低く抑えられれば、デバイスのデザインや装着スタイルの自由度も上がって、結果として高性能なXRデバイスのヒットモデルが生まれる可能性が高くなるからです。NrealLightのローンチ準備を進めつつ、上月氏はスタンドアロン型のXRデバイスについても挑戦してみたいと語ってくれました。

  • 記者からの取材に答えたKDDIの山田靖久氏(写真左)と、KDDI パーソナル事業本部 サービス本部 プロダクト開発1部 副部長 上月勝博氏(写真右)