「シミュレーター」を使った新しいeスポーツの形

FSLへこれだけの農機の大企業が参入したのは、『Farming Simulator』が単なる「農業ゲーム」ではなく、その名の通り「農業シミュレーター」として徹底して丁寧に、リアルに実際の農業を体験する装置として設計されたことが大きな理由だと考えている。

よく、コアなゲーマーの間では「ゲームか、シミュレーターか」という議論がある。そこまでゲームに詳しくない人にとっては、どちらも同じ「ゲーム」に思えるだろうが、シミュレーター好きの間ではゲームとシミュレーターは別物だと考える人も多い。とりわけ、シミュレーターの人気の高い欧州では、ゲームとまったく別のコミュニティ、カルチャーが築かれているのである。

両者の違いは多々あれど、私が考える最大の違いは、リアリティを追求する上でいずれやってくる「リアルだけど、ゲームとしては面白くないよね」というラインを迎えても、アクセルを全力で踏み込めるのか否か。もちろん、踏み込めるのが「シミュレーター」だ。

  • すべての動作を手動で行うリアリティ

事実として、『Farming Simulator』は農業を体験する上で極めて精巧だが、人を選ぶ作品であることは間違いない。本当に必要なのかも怪しい「膨大な要素」、起伏のない作業を淡々と繰り返す「地味なゲームプレイ」、丸裸のまま魔王城の前に放り出されるかのような「高い難易度」。これらは「ゲーム」なら切り落とされるべき要素だが、『Farming Simulator』という「シミュレーター」においては、現実で農業に従事することの過酷さ、難しさ、そして何より楽しさを追体験する上で必要不可欠なもの。農業に対して、これほど真摯に向き合ったタイトルはかつてないのだ。

ゲームではなくシミュレーターだからこそ、実際に農業に向き合うプロフェッショナルであるメーカーも安心して参入できるのではないだろうか。事実、ジョン・ディアはゲームとシミュレーターの違いを明確にしたうえで、自分たちは後者だからこそ参入したと意志を明らかにしている。

「私たちの主なターゲットはゲームコミュニティではなく、農業コミュニティです。『Farming Simulator』のファンの中には、私たちの製品の顧客である企業関係者やドライバーも多く含まれており、だからこそ私たちはここに参入することを決めました」(The Esports Observerより)

ここを踏まえて、大企業が参入するより現実的な理由は、この精巧に農業を追体験するために作られた本作で、自社農機をアピールするための広報活動であるとも考えられる。(ジョン・ディアや小松製材所の農機も『Farming Simulator 2019』から登場した)

モータースポーツにおいては、自社製品の性能を宣伝するために、選手に自社のマシンを与えてスポンサーになったり、会社自ら選手を雇って参入したりすることも珍しくない。

とはいえ、『Farming Simulator』は現実の農業ではない。いかに自社のマシンをアピールするためといっても、それは『Farming Simulator』という仮想の空間に存在する、3Dモデルでしかないのだ。

それにも関わらず、わざわざ選手を携え、自社の名前を掲げてeスポーツシーンに参入するということは、シミュレーションという「フィクション」を「もう一つの現実」と捉えなおし、そこに現実同様の価値を見出したといえるのではないだろうか。

これは『パワプロ』を用いたプロリーグ「eBASEBALL プロリーグ」で、阪神や巨人といった現実の球団が、ゲーム内に存在する自球団を操作して争う構造に近い。ただ現実の野球を引用した『パワプロ』と異なり、農業という本来競技からかけ離れた営みを、eスポーツの文脈で新たに競技として『Farming Simulator』が再評価し、そこへ世界中の農機メーカーが「待ってました」と言わんばかりに参入する点が、大変興味深いと思う。

  • ジョン・ディア本社。画像はジョン・ディアのホームページから引用

そうした目線は、ディア・アンド・カンパニー社の広報担当マネージャーの発言からもうかがえる。

「ジョン・ディアがeスポーツへ参入した理由は明確だ。『Farming Simlator』は農業分野において最初に、かつ最高の水準でリアリティを再現した作品であり、デジタル世界と現実との繋がりはかつてないほど強いものになっていると我々は確信した。ここは我が社の製品が活躍するこの上ない舞台なのだ」(WELCOME TO THE FARMING SIMULATOR LEAGUE - JOHN DEEREより)

もちろん、どんな大企業が参入しているからといっても、『Farming Simulator』のeスポーツシーンがほかのタイトルのシーンより優れていると言いたいわけではない。むしろ『Farming Simulator』のシーンはその成り立ちからして、ほかのeスポーツとは全く異なっている。

あくまで「ゲーム」として独自の世界観やルールを築き、その延長線上に競技を成立させたほかのeスポーツシーンに対して、農業を完全に再現するために作られた「シミュレーター」として生まれ、その再現性から農機メーカーが自社製品をゲーム内でアピールするために参入した『Farming Simulator』。このeスポーツのなかに生まれた特異点ともいうべきシーンが、今後どのように発展し、またどのようなフォロワーが現れるのか。注目したい。

jini
個人ゲームメディア「ゲーマー日日新聞」でゲームの批評とか書いてます。何でも遊びますが、深いコクのあるゲームが大好物。でも古い銃がたくさん出てくるゲームにはすぐ惚れます。