こんにちは。eスポーツライターの小川翔太です。
少し前、筆者は「東京ゲームショウ2025」の主催者セッション「中東のゲーム産業はどうなる?Esports World Cup 2025報告会」(2025年9月26日実施)のレポートを書いていたのですが……。
とあるニュースが飛んできて、急ぎ記事構成を見直すことになりました。
サウジ政府ファンド含む3社が「大手ゲーム会社」を8兆円で買収
何があったかというと。
2025年9月29日、サウジアラビアの政府系ファンド「PIF(パブリック・インベストメント・ファンド)」など3社が、『Apex Legends』などを開発する米大手ゲーム会社「Electronic Arts(エレクトロニックアーツ)」を買収すると報じられました。
買収額は約550億ドル(約8兆2,000億円)、借り入れで資金を増やしての高額買収、いわゆるLBO(レバレッジド・バイアウト)としては史上最大規模とのことです。
本コラムの結論が「eスポーツ市場における、サウジアラビアの存在感が増している」でしたので、あまりにもタイムリー過ぎて、記事に取り入れないわけにはいきませんでした。
そもそもサウジアラビアはどういう国家なのか
サウジアラビアは国名が表すように、サウド家が統治する絶対王政の王国です。
サウジアラビア第7代国王サルマンの息子、ムハンマド皇太子(40)が2017年に皇太子に就任し、2022年には首相となりました。現在の最高権力者です。
(※ちなみに「ムハンマド皇太子」は、本記事の最重要人物です。)
世界最大の産油国として知られていますが、2020年にはCOVID19の影響で原油価格は大暴落、ここ30年の原油価格は20USD~140USD、実質GDPに占める石油関連の割合は時期によって大きく変動し、約40%~90%の範囲で変動するといいます。
「石油」が強みでもあり課題でもあるという状況です。
ここから本記事では、牧歌的な「ゲーム・eスポーツ」の話が展開されますが、「米同時多発テロ事件」(2001年9月11日)、2015年以降のイエメン紛争への軍事介入、フーシ派からのサウジ領土へのミサイル攻撃など、応酬紛争・軍事衝突・外国勢力との緊張には関与しているということは、頭の片隅に置いておくべきでしょう。
サウジアラビアの政府系ファンド「PIF」とは何か
(後ほど詳しく説明しますが)サウジの政府系ファンド「PIF」は、近年、ゲーム産業への積極投資で知られている投資ファンドです。資産総額は9,250億ドルを超え、2030年までに380億ドル(約5兆9,000億円)をeスポーツ・ゲーム産業に投資すると公言しています。
ムハンマド皇太子は、PIF会長、Qiddiya会長、Savvy Games Group会長を兼任。「オリンピックeスポーツゲームズ」を推進するのは、国際・アラブ・サウジ・eスポーツ連盟会長である、ファイサル・ビン・バンダル王子です。
2025年3月、傘下のSavvy Games Groupを通じて、米Nianticから『ポケモン GO』『ピクミンブルーム』『モンスターハンターNow』などのモバイルゲーム事業を約35億ドル(約5,200億円)で取得。
後述する「Qiddiya」は、世界最大規模の格闘ゲーム大会 「Evolution Championship Series(通称:Evo)」を買収(正確にはEvo共同オーナー兼運営会社のRTSを買収)。日本のゲーム企業「任天堂(約7%)」「カプコン(約5%)」「スクエニ(約4%)」にも投資をしています。
ざっくりというと、サウジは圧倒的な資金力を以って「国策として、国内外のゲーム・eスポーツ事業に投資している」ということになります。
直近でも、2025年7月・8月にリヤドで賞金総額100億円以上のeスポーツ大会「Esports World Cup 2025」を開催。
今回の記事の本編となるセッションレポートは「Esports World Cup 2025」の報告会として催されたものです。
ここから本編──なぜサウジはゲーム産業に投資するのか
(個人的には)今回のセッションの最大の目玉は、在サウジアラビア日本国大使館経済班長である楠田真之氏の参加でした。
楠田氏が参加することで、ゲーム・eスポーツの外側の視点、国際情勢や経済の観点が加わります。
楠田氏によると、サウジがゲーム産業に投資するのは「サウジ・ビジョン2030」が背景にあるとのこと。「サウジ・ビジョン2030」とは、2016年にサウジアラビアが立ち上げた政府プログラム。「石油依存からの脱却」「経済的、社会的、文化的な多様化」「公共サービス部門の開発」を目的としています。
また楠田氏は「(サウジ・ビジョン2030は)若者の雇用創出も目的である」と話します。国民の年齢の中央値が29.6歳であるサウジならではの課題です。
また楠田氏は「(サウジ・ビジョン2030は)若者の雇用創出も目的である」と話します。国民の年齢の中央値が29.6歳であるサウジならではの課題です。
また、楠田氏は「サウジの人口は約2,000万人(UAEやカタールの国民人口が約100万人)。政府系ファンドの投資収益だけでは養えず、新たな産業創出が必要な状況である」と説明しました。
このセッションでは詳細な言及はされませんでしたが、「サウジ・ビジョン2030」の核となるプロジェクト「Qiddiya」(キディヤ)で建設されるのは、エンタメ、スポーツ、カルチャーの拠点となる娯楽都市「Qiddiya City」。
その規模は360平方キロメートル(東京ドーム約7,700個分)であり、内包される「ゲーミング&eスポーツ地区」は50万平方メートル(東京ドーム約11個分)となる見込みです。あくまで「ゲーム・eスポーツ」は広大な都市の一部分でしかないという視点も重要です。
根本直樹氏(※1)は、プロゲーマーとして2022年・2025年にサウジを訪れた際の経験として「2022年は砂漠の真ん中の仮施設という状態だったが、2025年は多くの施設が完成していた」と話しました。
「Qiddiya」関連のプロジェクトが推進されていることを象徴するエピソードです。
※1 『ストリートファイターVI』および『餓狼伝説 City of the Wolves』を中心に活動するプロゲーマー。JeSU認定プロライセンス所持者で、「Saishunkan Sol 熊本」に所属。
40歳のサウジ首相、ムハンマド皇太子はガチのゲーマー
ここで今回のキーマン、ムハンマド皇太子。
楠田氏によると「ムハンマド皇太子はゲームだけでなく、和食やアニメ・マンガも大好きで、新婚旅行も日本だった」とのこと。
セッション中にも登壇者から「サウジは日本を贔屓している」という旨の発言もありました。
現首相のムハンマド皇太子がゲームオタクだから、サウジがゲーム・eスポーツに注力しているという見方は短絡的かもしれませんが、そこそこ的を射ているのかもしれません。
原田勝弘氏(※2)によると「皇太子はガチのゲーマー。運営陣もゲーム世代で、ゲームに対する理解度が日本よりも高い」とのこと。
さらに原田氏は「中東で評価されることで、ヨーロッパの広い地域にも波及した。アニメ・ゲーム好きという共通の価値観は国境を超える」「現状、eスポーツは国ごとに流行っているタイトルが異なるため、プロチームの部門にも統一感がなかった。EWCで採用されたタイトルは、世界中のチームがその部門を作る価値が出た」と話しました。
これは、サウジでのeスポーツの普及が(サウジ近辺に留まらず)「世界規模での経済圏が形成されることになる」ということを示唆しています。
※2 原田勝弘氏(バンダイナムコエンターテインメント)は『鉄拳』シリーズのエグゼクティブゲームディレクター/チーフプロデューサー。2008年から17年間にわたってサウジアラビアとの関係を築いてきた人物。
古澤明仁氏(※3)は「2018年5月の渡航時、最初にドアノックした際、一番最初に出てきていただいた方が(「オリンピックeスポーツゲームズ」を推進する)ファイサル殿下だった」と当時を振り返りました。
また古澤氏は「サウジ訪問後、すぐにファイサル殿下が来日して、日本とサウジの合同eスポーツ大会に賞金3000万円をつけるという提案があった」と語りました。
ファイサル皇太子のフットワークの軽さと、サウジの「意思決定の速さ」と「羽振りのよさ」を物語るエピソードです。
※3 古澤明仁氏(GLOE代表取締役)は、2016年にeスポーツ事業会社、株式会社RIZeST(現GLOE)を設立。2022年11月にeスポーツ事業として日本初の上場、2018年からサウジアラビアとの関係を築いてきた、業界の先駆者。
まとめ──サウジアラビアは日本のゲームを救うのか
ここからは、筆者の視点で「サウジアラビアは日本のゲームを救うのか」の命題を考えていきます。
PIFの資産総額は9,250億ドルを超え、国家の「外貨準備高」は約4,000億ドル規模。
「潤沢な資産を持っていること」「改革の必然性があること」「新たな文化の介在余地があること」は日本のゲーム・eスポーツにとっては都合がよいです。
ただ、古澤氏の「日本から遠く離れたサウジでビジネスをするのはムズイ」という発言も象徴するように、サウジとの折衝は一筋縄にはいきません。場合によっては、サウジアラビアに拠点を移す、などのコストが発生するでしょう。
そしてムハンマド皇太子の「eスポーツ投資」に相乗りするのは、いくつかのリスクが伴います。ここでのリスクとは「サウジの人口動態」と「ムハンマド皇太子」だと、筆者は考えます。
サウジの平均寿命は1990年の68歳(日本は79歳)から、2020年の77歳まで上昇。今後は少子高齢化が予想されます。国民全体の平均年齢が上がると、現在のようなゲーム・eスポーツへの投資意欲が維持されるとは限りません。
またムハンマド皇太子に限りませんが、トップリーダーの影響力や求心力が失われるケースもあるかもしれません。「PIF」の投資は、ゲーム・eスポーツだけでなく、電気自動車・人工知能・半導体分野も活発です。ゲーム・eスポーツ分野が「投資対象として見合わない」という判断になれば、投資の比重を他分野に切り替えるでしょう。
原田氏の「世界中のゲーミングチームに、EWC採用タイトルの部門を作る価値が出た」という発言にもあるように、各国のゲーミングチームは、サウジの一挙手一投足を伺っています。
国内でも、EWCに採用されたタイトル(「鉄拳」「餓狼伝説」シリーズなど)は、途端にその機運が高まります。ただ、言うまでもありませんが「オールイン」した場合、サウジの「梯子外し」で崩壊します。
サウジのeスポーツ投資に乗ずる動きもしつつ、同時並行で日本国内のeスポーツ文化も醸成すべきでしょう。「サウジを攻略するチーム」「日本のeスポーツ文化を醸成するチーム」の2カ所に適切に戦力を分配する必要があります。
例えば、潤沢なリソースのあるeスポーツ事業者はサウジ攻略に全力投球し、小規模な事業者や地方自治体は国内に根付いたゲームタイトルと元のeスポーツコミュニティの醸成に注力するなど。
これからの日本のeスポーツ業界は、各企業、各個人が「自分の戦場はどこなのか」(グローバルなのかローカルなのか)を強く意識していくことになるでしょう。











