東日本大震災後に、特定非営利活動法人@リアスNPOサポートセンターが開始した「生活再建移行期被災者支援連絡員事業(当初は、釜石仮設連絡員事業)」は、仮設住宅で想定される課題を予測し、それを解決するための方策のひとつとして、同NPOが、2011年9月に釜石市に提案を行い、事業化したものだ。

  • 生活再建移行期被災者支援連絡員事業の概要

特定非営利活動法人@リアスNPOサポートセンターの鹿野順一代表理事は、「釜石市では、2011年8月10日にすべての避難所が閉鎖され、66団地3164戸の仮設住宅に移動した。市外に移住した人などを考慮すると、この時点で100%の人が仮設住宅に移動できた」としながらも、「避難所に対する支援を行っている際に、さまざまな混乱を目の当たりにした。救援物資やボランティアが集中するところと、そうでないところがあったり、ボランティアが次々と訪れることが、逆に生活者にとって負担になったりする場合もあった。これと同じような課題が、仮設住宅になっても起きる可能性を感じた」と、当時を振り返る。

  • 特定非営利活動法人@リアスNPOサポートセンターの鹿野順一代表理事

被災地を支援する「支援力」には、世界中から大きな評価が集まったが、被災地の現場では、これを受け入れるための「受援力」が課題になっていたという。もともと製鉄の街として発展し、外部から多くの人を受け入れる風土があった釜石市でさえも、受援力の醸成には悩まされていたという。

生活再建移行期被災者支援連絡員事業では、仮設住宅を訪問する連絡員が、避難所での混乱を仮設住宅で繰り返さないためのゲートキーパーとしての役割を果たすとともに、仮設住宅におけるコミュニティ形成の支援などにも貢献。そして、同時にこの事業は連絡員を新たに雇用することで、被災地における緊急雇用創出事業としての役割を果たすことになった。

「東日本大震災では、雇用された人だけでなく、企業も、企業経営者も被災者であり、職を失う人も多かった。巡回員の雇用により、被災地において雇用を生み出すことも役割のひとつになった」(鹿野代表理事)とする。

市内の2396事業所のうち、58%にあたる1382事業所が浸水範囲にあり、市内3漁協の漁船1734隻のうち、98%にあたる1692隻が被災した。

実は、鹿野代表理事も、震災当日、市内のビル2階で津波に飲み込まれ、九死に一生を得る体験をした人物でもある。

@リアスNPOサポートセンターは、震災以前から、釜石市で様々な活動を行ってきたNPOだ。

地元で親の代から生菓子店を営んでいた鹿野氏が、2003年に商店街活動の一環として「まちづくり」に関わる活動を開始。それをベースに、2004年に新たなメンバーを加えて、県内137番目のNPO法人として、活動をスタートした。

その後、市民や行政向けのフォーラムを開催したり、各種ワークショップを主催したりといった活動を積極化。具体的には、NPO文化祭と呼ぶ「フェスタかだって」への参加のほか、少子高齢化社会のコミュニティビジネスを考えるワークショップの開催や手作り市場の開催、キッズマートへの参加、ICTセミナーの開催などの実績がある。また、まちかど交流施設「かだって」の運営も行っていた。ちなみに、「かだって」とは、こちらの方言で「参加してください」という意味を持つという。

また、震災以降は、無料でPCや無線LAN環境を利用できる「みんなの家」を運営。日本マイクロソフトとの連携により、ICT学習による若者支援プロジェクト「若者TECH」のコア団体としても活動。日本マイクロソフトの被災者向け就労支援プログラム「東北UP」にも関わるなど、ICTを活用した支援活動にも積極的だ。

  • @リアスNPOサポートセンターのみんなの家

近隣の大船渡市、大槌市でも、生活再建移行期被災者支援連絡員事業と同様の事業が開始されたが、これらの自治体が北上市の支援や一般企業の支援を得て実施されたのに対して、釜石市は、地元に根ざした@リアスNPOサポートセンターが事業を行うことになった。

当初は、78人のスタッフでスタート。66団地3164戸の仮設住宅において、1日3回の訪問を行い、スタッフも集会所に常駐する形で、生活環境に対する見回りと、住民の見守りを行った。

「仮設住宅は、浸水しなかった地域に立てられているが、市街地の多くが浸水してしまった釜石市は、どちらかというと不便な場所に仮設住宅が建てられる場合が多かった。これまでに住んでいた環境とは異なる場所に移住することが余儀なくされ、高齢者を中心に新たなコミュニティを形成することにハードルを感じる人たちが多かった。そこで当初は、集会所に常駐し、コミュニティづくりのつなぎ役を果たしたり、生活で困っていることや、暮らしの課題を聞いたりといったことに力を注いだ」という。

生活者の状況は、連絡員が一件ずつ訪問して確認。安否確認を含めて、訪問時の様子、会話の内容などを各戸ごとにタブレットに書き込み、デジタルデータとして本部で管理を行っていた。当初は、NTTドコモによる「仮設住宅支援連絡員サポートシステム」を活用。シンプルな操作環境の実現とともに、「入居者の在宅確認」や「相談受付」などの情報を共有できる仕組みとし、さらに、過去の訪問履歴や相談の進捗状況などを一目で把握できるようにしたことで、連絡員の作業を効率化することに成功した。

  • 黄色いユニフォームを着た連絡員が各世帯を訪問して回る様子

ピーク時には、92人のスタッフが在籍したが、連絡員のなかには高齢者の応募もあり、初めてタブレットを使用するという人もいた。鹿野代表理事は、「とにかく教育を繰り返すことで、すべての連絡員が操作をできるようにした」という。

その後、常駐型から巡回型の訪問へと変更。仮設住宅から復興公営住宅への移住が始まるのにあわせて、復興公営住宅への訪問も開始した。

  • 市街地にはマンション型の復興公営住宅が建設されている