会場に詰めかけた観衆が見守るなか、アーティストたちがワコムの液晶ペンタブレット「Wacom Cintiq Pro 16」を使って作品を制作し、そのプロセスやアイデア、テクニックなどを競い合うデジタルアートのイベント「LIMITS(リミッツ)」。同大会の世界王者を決定する「ワールドグランプリ2019」が6月1日、2日に東京・渋谷ヒカリエにて開催された。ここでは、そのうち2日目の模様をお伝えする。

  • 競技型デジタルアートのイベント「LIMITS(リミッツ)ワールドグランプリ2019」が開催

前代未聞の競技型デジタルアートのイベント「LIMITS」

LIMITSは、ステージに上がったふたりのアーティストが「20分」という制限時間内に作品を制作して、そのパフォーマンスを競い合うアートイベントだ。普段注目されることの少ない「絵を描くプロセス」にも焦点を当てているのが特徴で、観客は会場に設けられた巨大なスクリーンで作品の制作工程をつぶさに見ることができる。

イベントはトーナメント制になっており、審査員による採点(80点)に観客の投票(20点)を加えた100点満点で勝者が決められる。評価基準は「アイデア」、「スピード」、「テクニック」、「ビジュアルストーリーテリング」の4つ。つまり、短時間でストーリー性のある絵をいかに仕上げるかが、勝敗のポイントになるわけだ。

今回の大会では、日本大会でベスト8に入った日本代表選手と、ロサンゼルスや上海、北京、台北などの海外大会を勝ち上がった選手、合計16名(うち1名は都合により欠場)が参加し、2日間にわたって熱い戦いが繰り広げられた。

  • ハードウェアはワコムの液晶ペンタブレット「Wacom Cintiq Pro 16」を使用。会場のスクリーンで、作品の制作プロセスを見ることができる

国内外のアーティストが激戦を繰り広げる

競技で制作する作品のテーマは毎試合異なり、その都度ルーレットで決定される。おもしろいのは、それが具体的ワードと抽象的ワードの組み合わせになっていること。たとえば1回戦第5試合に登場したCola選手(台北大会優勝者)と馮潜選手(上海大会優勝者)の場合、具体的ワードが「迷路」、抽象的ワードが「増加」となった。これに対してCola選手は分岐しながら果てしなく続く空中階段を探検する少女を、馮潜選手は迷路風のオブジェを前に増え続けるネズミのキャラクターを描き、テーマの解釈も作風もまったく異なる2作品ができあがった。

  • 作品のテーマはルーレットにより決定される(左)。Cola選手と馮潜選手は、「迷路」と「増加」というふたつのキーワードをもとに作品を制作した

審査では、迷路空間を素材感のあるブラシでファンタジックに描いたCola選手に軍配が上がったが、会場では、キーボードショートカットやPro Pen 2の機能を最大限に活かしながら幾何学的なモチーフやキャラクターを描いた馮潜選手にも惜しみない拍手が送られていた。

  • Cola選手は空中階段を探検する少女を(左)、馮潜選手は迷路のオブジェを見上げるネズミたちを描いていった

ちなみにLIMITSでは、ハードウェアとしてWacom Cintiq Pro 16が使用されているものの、ソフトウェアの制約は設けられていない。Adobe Photoshopを使う人もいれば、CLIP STUDIO PAINTやAdobe Illustratorを使う人もいる。またデジタルアートという枠内であれば制作スタイルも問わず、手描きのイラストでも写真素材を加工した作品でもOKとされている。

その制作スタイルの違いが大きく現れたのが、AKI選手(日本大会準優勝)と中谷知博選手(日本大会ベスト8)が対戦した1回戦最終試合だ。具体的ワードが「ドア」、抽象的ワードが「注目」というテーマだったが、CLIP STUDIO PAINTを使ってブラシでイチから描き上げるAKI選手に対して、中谷選手は手持ちの写真素材をPhotoshopで加工して作品を仕上げていくスタイル。ともにカンバス中央付近にドアとメインキャラクターを配置するという構図こそ似通っているものの、アプローチや仕上がりはまるで違うものになった。

  • 「ドア」+「注目」をテーマに作品を制作するAKI選手

Cintiq Proの筆圧検知機能を生かして抑揚のある線を引いたり濃淡をつけたりしながら超速で描き進めていくAKI選手と、4K・広色域に対応したディスプレイの性能の高さをフル活用して写真素材を精密に切り抜いて合成する中谷選手。どちらの選手も競技中に手が止まることはなく、最後の最後まで表現の限界に挑戦していたのが印象的だった。とくにAKI選手は終盤にアニメーションで背景が明滅する演出をプラスして会場を沸かせ、オーディエンス票もがっちり獲得。準々決勝に駒を進める結果となった。

  • 写真素材を合成して作品を仕上げていく中谷選手

ハイレベルなアートバトルに観客も熱狂!

1回戦終了後、勝ち進んだアーティストによって準々決勝が行われ、その勝者によって準決勝も実施された。いずれも魅せ方にまで気を配ったハイレベルな戦いとなり、会場はヒートアップする一方だった。

なかでも白熱した戦いとなったのが、準決勝のCola選手(台北出身)とRobot Pencil選手(アメリカ・カリフォルニア出身)の試合だ。テーマは具体的ワードが「ペン」、抽象的ワードが「記憶」。Cola選手が異なる時間を指し示した複数の時計やHMDを装着した人物などでシュールレアリスティックに「記憶」を表現したのに対し、Robot Pencil選手はロボットの頭部にペン型の装置で記憶を書き込むSF風の世界観を提示したのだが、どちらの作品も20分という制限時間で描かれたとは思えない描き込みと完成度で会場は大盛り上がり。結果的にモチーフの描き順にまで配慮して徐々に世界観やストーリーを観客に示していったRobot Pencil選手が85点という高得点をあげて勝利を収めた。

  • シュールで幻想的な作品を描くCola選手

  • SF的な世界観を展開するRobot Pencil選手

日米のアーティストが世界王者の座をめぐり激突!

2日に渡って熱き戦いが繰り広げられてきたLIMITS ワールドグランプリ2019。その決勝は、1日目のトーナメントを勝ち上がってきたjbstyle.選手(日本大会優勝)と、2日目の勝者Robot Pencil選手の対戦となった。テーマは具体的ワードが「金属」、抽象的ワードが「有罪」で、大会のフィナーレを飾るにふさわしい難度高めの組み合わせだ。

競技スタートの合図とともに制作に取り掛かる両者だったが、いきなりトラックのタイヤを描き始めるjbstyle.選手に対し、Robot Pencil選手は背景から着手。そのアプローチの違いにそれぞれのアーティストの個性が見ることができて印象的だった。

  • jbstyle.選手とRobot Pencil選手の対戦風景

世界最速(スピードスター)の異名をとるだけあって、jbstyle.選手は次々にパーツを描き加えて密度を上げ、モチーフを完成させていく。しかもトラックを1台描いて終わりではなく、何台も異なるデザインのトラックを描き加えて最終的にカーチェイスのシーンを表現していったのは驚きだった。その緻密な描き込みと、画面から飛び出してくるかのような躍動感は圧巻の一言で、作品の全貌が見えてくると会場からも大きなどよめきの声が上がっていた。

  • 世界最速(スピードスター)の異名の通り、次々とモチーフを描いていくjbstyle.選手

一方、Robot Pencil選手はブラシで重ね塗りしながら着実にSF的な世界観を構築。あえて色味を抑え、陰影を効かせて金属の質感を表現していく手法で観客を魅了していく。終盤にメインキャラクターのロボットが鎖を引きちぎって逃げ出す様子をアニメーションで表現し、固唾を吞んで見守っていた観客の歓声を引き出していた。

  • ブラシで陰影をつけながら独特なSF的世界観を表現していくRobot Pencil選手

作風も手法も対照的なふたりのアーティストだったが、パフォーマンスの魅せ方もテクニックも作品の完成度も互角。オーディエンス票も拮抗していたが、審査の結果、栄冠はRobot Pencil選手の手に! 受賞コメントでjbstyle.選手へのリスペクトを表しながら優勝したことを喜ぶRobot Pencil選手に、会場の観客も温かい拍手と声援を送っていた。

  • 準優勝のjbstyle.選手(左)と、優勝したRobot Pencil選手(右)

  • トロフィーを授与されるRobot Pencil選手

なお、決勝を含め、LIMITSワールドグランプリ2019の模様は公式ホームページでも公開されている。興味を持った人は、ぜひチェックしてみてほしい。

  • 「LIMITS(リミッツ)ワールドグランプリ2019」参加アーティスト