こうしたデータ分析・利活用の基盤として、ヤマハ発動機ではトレジャーデータの「Arm Treasure Data eCDP」を導入。そこにあらゆるデータを統合して顧客をナーチャリングし、ポテンシャルの高い消費者をビジネスにつなげていきたいという。そこには、生産性を測る工場稼働率のデータや基幹系情報システム「ERP」といった一見するとマーケティングとは無関係と思えるデータやシステムも繋がれていくいくというが、その目的について聞いた。

平野氏はこの点について、「こうしたデータは一見するとマーケティングとは無関係だが、ビジネスの全体最適を考えると、工場稼働率やビジネスの状況にどう最適化していくかというのは非常に重要だ」と語る。

サービスを提供する企業や、安価で在庫の流通量が多い消費財などと異なり、ヤマハ発動機が製造・販売する製品は、在庫を多く抱えたり、生産が追い付かず納期が遅れたりすることが経営上の大きなリスクになる。つまり、工場稼働率によって採るべきマーケティング戦略が大きく異なるのだ。

「ビジネスの最大化のためには、顧客を深く知った上でセールス・マーケティング・生産体制を最適化しなければならない。データ分析によってどのような戦略がより多くの利益を生み出すことができるのかをシミュレーションできれば」と平野氏は語る。

またこの点については、先進技術本部でデジタル戦略を担当する大西圭一氏も「ビジネスの最適値を考えるためには、経営情報と工場稼働率のデータも必要だ」と指摘する。

  • 先進技術本部でデジタル戦略を担当する大西圭一氏

大西氏によると、現在ヤマハ発動機が世界に展開する工場では独自の進化や個別最適化が進んでいる面があるが、実際のところ国によって市況は大きく異なるという。

「仮に市場が伸長しているある国の工場稼働率が100%で、別のある国は工場稼働率に余裕がある場合、サイロ化していると工場稼働率100%の工場を拡張することを考えるが、今後は共通のデータ基盤で生産状況を把握することで、国や地域をまたいだ生産能力の融通やマーケティング戦略に応じた生産体制の最適化が可能になる」と大西氏。

今後は、市場や顧客の情報と工場始めサプライチェーンで生まれる情報を統合的に分析し、需要予測をした上でマーケティング施策、生産計画にまで落とし込みたい考えだ。

「人工知能を用いた予測モデルはチャレンジしたい領域。例えば、競合企業が新製品を出した際に市場がどう動いたのか。経済動向やソーシャルトレンドの変化によって市場はどう動いているのか。様々なデータを統合しながら、予測モデルを構築していきたい」(平野氏)

データ利活用の先にある、ヤマハ発動機の未来

では、こうしたデータ基盤の構築、データを利活用するための仕組み作りの先に、ヤマハ発動機はどのような未来のモノづくり、新しいサービスの構築を描いているのか。最後に、平野氏に今後の構想を聞いた。

ひとつは、スク―ターなどのシェアリングエコノミーをはじめ、移動手段としてのオートバイの新しい価値の創出、オートバイの状態をモニタリングして事前に故障を予防する仕組みの開発、そして東南アジアなどで多いオートバイのローン販売に対してローン会社が車体を遠隔管理できる仕組みの開発など、コネクテッドの利点を活かした新サービスの創出が考えられるという。

加えて、平野氏は「個人的な意見だが」と前置きしたうえで、「ヤマハの特徴を生かすのであれば、サービスや機能といった実用的な部分だけでなく“ヤマハらしい楽しみ”をどう創出できるかに挑戦したい」と語る。

テクノロジーの進化は仕事や日常生活に効率をもたらし、2045年には人工知能が人間の知能を超える“シンギュラリティ”が起きると言われている。シンギュラリティで変わるライフスタイルの在り方は、近い将来の大きなテーマだ。

「そこでヤマハ発動機は実用的なものだけではなく、楽しみを提供しなければならない」と平野氏は提言する。

  • 「“ヤマハらしい楽しみ”の創出に挑戦したい」と平野氏

「“Revs your Heart”というブランドスローガンにもあるように、ヤマハ発動機は人の心を動かす企業でありたい。そのためには、車体番号で顧客を管理するだけでは十分ではなく、人をわかり人に寄り添う企業でなければならない」と平野氏は語る。

平野氏が推進するデジタル戦略は、高品質な工業製品を開発・生産して支持を獲得してきたこれまでのヤマハ発動機から、その製品を使う人に寄り添い高い付加価値を提供してニーズに応えるヤマハ発動機への変革の始まりなのだ。