すべての食材がきれいに並べられた頃、列車は恵那駅に到着。一般の乗客とともに60人近い「食堂車」利用者が乗り込む。折り返し時間は10分しかないが、何人かがヘッドマークをつけた先頭車両で記念写真を撮り、それぞれ決められた席に座ると、ちょうど発車時刻となる。

「本日は、じねんじょ列車、そして枡酒列車にご乗車くださり、ありがとうございます。お互い、お隣が気になりますよね」

車内では、アテンダントが料理や車窓風景について案内してくれる。一人しかいないので、マイクを使いながら2両の食堂車を行ったり来たり。マイクを通じて賑やかな空気が伝わってくる。「次回はあっちも試してみよう」という気になり、これもリピーターを増やす要因になっているようだ。

  • 左:恵那駅発車の1分前にもう乾杯。この時点ではまだどことなくよそよそしさが残るが……。右:料理と車窓風景を案内するのは、明知鉄道ただ一人のアテンダント、小崎聡美さん。ユーモアを交えて、沿線の魅力を紹介していく

乗客は、愛知・岐阜などの近県からの人が多いが、東京など遠方から来た人もいる。中間点の岩村駅に着く頃には、たまたま乗り合わせた乗客同士、すっかり打ち解け、会話が弾んでいた。これは料理やお酒の力だけではなく、ロングシートに秘密がありそうだ。普段は旅人から敬遠されがちなロングシートだが、長テーブルを挟むと絶妙な距離感で、ある程度プライバシーを守りつつ気軽に会話できる。

「食堂車」をきっかけに地域をPR

急行「大正ロマン1号」は、普通列車よりも4分遅い、53分で終着・明智駅に到着。時刻は13時過ぎで、食堂車の利用者には一日乗車券が配布されているので、この後は自由に明知鉄道の旅を楽しめる。特に枡酒列車は、枡が乗車券になっているのが楽しい。ただし、「酔っ払って忘れてしまう方が多い」(伊藤氏)のだとか。

「食堂車は、普段のレストランよりもお客さんとの会話を楽しめるのが良いですね。色々な方と出会えて、お客さんにも明知鉄道のことが知られていくのが嬉しいです」

「珍しいローカル鉄道の食堂車」という話題性から人が集まり、それをきっかけに町を知り特産品を味わい、沿線を歩いてくれる。様々な業者が、メニューと味を競うことで、1度ならず何度も訪れてくれる……。明知鉄道が30年育ててきた「大正ロマン号」の食堂車は、地域をPRする最適なメディアとなっていると言えそうだ。

  • 左:30分もたてばすっかり打ち解ける。全幅3mほどの車体にロングシートという、絶妙の距離感が心地よい。右:自然薯のとろろは車内で摺る。制限の多い列車内で美味しい料理を提供できるよう工夫が光る