東京大学(東大)は、同大の研究グループが、ラットに多数の選択肢があるような迷路課題を解かせ、課題を効率的に解くために必要な作業記憶(ワーキングメモリ) が、海馬の神経活動によって形成されていることを解明したことを発表した。

この成果は、東京大学大学院薬学系研究科の佐々木拓哉助教らによるもので、1月16日、英国科学誌「Nature Neuroscience」に掲載された。

  • 脳に電極を埋め込んだラットに空間迷路を解かせる(出所:東大ニュースリリース※PDF)

    脳に電極を埋め込んだラットに空間迷路を解かせる(出所:東大ニュースリリース)

動物は、現在の作業に必要な情報を一時的に記憶し、その記憶に基づいて一連の作業を効率的に実行することができる。こうした記憶は「作業記憶(ワーキングメモリ)」と呼ばれ、その神経メカニズムの解明のために多くの研究が行われてきた。

従来、作業記憶には、前頭皮質や大脳基底核などの脳領域が重要と考えられてきた。一方、海馬とその近傍の歯状回といった脳領域は、過去に起こった出来事の長期的な記憶(エピソード記憶)には重要であることが知られていたが、作業記憶との関連については解明されていなかった。

今回、研究グループは、ラットの脳に多数の電極を埋め込み、報酬を得るために迷路課題を解くラットから脳活動を記録した。解析の結果、海馬-歯状回の相互作用から生じる神経細細群の 活動が、適切な作業記憶に重要であることが示された。

また、保持する必要がある作業記憶に対応する神経活動は強く保たれており、逆に、不要な記憶に対しては神経活動が低下することから、海馬の神経回路には保持すべき記憶に対応した神経細胞が存在し、これらの細胞が必要に応じて、活動レベルを柔軟に変化させることがわかった。

  • 歯状回を破壊すると空間作業記憶課題の成績が低下する(出所:東大ニュースリリース※PDF)

    歯状回を破壊すると空間作業記憶課題の成績が低下する(出所:東大ニュースリリース)

この研究により、作業記憶における海馬の役割、およびその神経メカニズムの一端が解明された。この成果は、記憶すべき項目が次々と変化していくような環境において、適切かつ効率的に作業を進めるための脳メカニズムの解明に向けた布石となる。

今後は、このたび解明された神経活動が、前頭皮質など他の脳領域とどのように相互作用するのかを調べる必要がある。また、今回見出された神経活動の時空間パターンを人為的に操作し、行動課題成績の変化を調べる必要がある。これらの検証を重ねることで、作業記憶を司る神経活動がより詳細に解明されていくことが期待される。

  • 海馬神経細胞の同期活動は歯状回からの投射入力に依存する(出所:東大ニュースリリース※PDF)

    海馬神経細胞の同期活動は歯状回からの投射入力に依存する(出所:東大ニュースリリース)