デジタルマ―ケティングの分野では、2014年頃からMA(マーケティング・オートメーション)が急速に普及し、現在はABM(アカウント・ベースド・マーケティング)が注目されています。

ABMとは、企業が自社にとって「攻略すべき企業群(アカウント)を」ターゲティングし、その企業群に対して「組織として追い営業活動を仕掛けていくための仕組み」です。

経営に確実に貢献できる、つまり、「売上につながるマーケティング」を実践できることから、多くの企業がABMに取り組んでいます。しかし、MAやSFAなどのツールを導入し、ABMを実践していても「効果を感じられていない」企業も多いのが実情です。その理由はどこにあるのでしょうか。

よく見られるケースが、セールス部門は「アカウントごとに担当」しているが、マーケティング部門は「製品ごとの担当」になっている企業でのジレンマです。

セールスは「アカウントに」、マーケティングは「プロダクトに」という体制を採っている日本企業は数多くあります。これまでプロダクト・マーケティングをしてきた部門に、「これからは、アカウントごとに攻略するように」と指示しても、すぐには対応できないでしょう。また、特定の商材の拡販を狙うマーケティング担当者と、特定の顧客での売り上げを狙う営業担当者が連携しても、利害関係が異なるために、共通のゴールに向けての協業は難しいのです。

つまり、MAやSFAを導入しABMを実践しようにも、そもそもプロダクト・マーケティングが中心だった企業では、マーケティング部門に「アカウント」を狙う体制が整っていないケースが多いのです。ツールの導入以前に、マーケティング部門の体制の在り方を考え直してみる必要があるでしょう。

ツールの役割は「ホワイトスペースの明確化」

次に、MAやSFAを「何のために活用するのか」、その目的をセールス部門とマーケティング部門がきちんと理解できていない、共有できていないこともよくある「落とし穴」です。

MAやSFAのツールを活用する目的とは何か。端的にいうと「自社がカバレッジできていない優良顧客を『見える化』する」ことです。MAやSFAなどのツールを導入すると、従来、セールス部門とマーケティング部門とでそれぞれに保管されていた顧客情報を一元管理できるようになります。

セールス担当者がExcelで管理していた属人的な顧客情報やデスクの中に眠らせていた名刺情報、他の部門が所有していた顧客情報なども統合できます。そうした情報に基づいてカバレッジできていない優良顧客、自社の戦略上の「ホワイトスペース」を明確にし、そこを組織的に「埋めていく」取り組みがABMです。

ツールの役割はその最初の段階、「ホワイトスペースを明確化する」ことです。ホワイトスペースにある企業群、まだ手付かずの企業群にどうアプローチするかは、セールス部門とマーケティング部門とが目的意識を共有した上で決定していかなくてはなりません。

ところが、セールス部門とマーケティング部門の間で、意識を共有化できないケースが多くあります。例えば、ホワイトスペースにある企業にセールス担当者が以前にコンタクトしたことがある場合など、マーケティング部門に「すでにコンタクト済み。勝手にアプローチしないでくれ」と伝えられることがあります。

その結果、その後に誰も継続的なフォローをしないまませっかくのターゲットアカウントが放置されてしまうことは良くあります。これではABMの効果はあがらないのです。

アカウントの「やせ細り」に注意!

一方、セールス部門とマーケティング部門が連携できている企業でも、ABMの実践において注意すべき「落とし穴」があります。それは、攻略すべき企業群をターゲティングしたことで、「とるべきアクション」が変わることを理解しているかどうかということ。

そもそもアカウントをターゲティングするということは、狙うべき企業群を厳選することです。狙いを絞り込んだにも関わらず、それらの企業に対するアプローチが、従来と同じままでは、単純に「対象企業が減っただけ」になりかねません。

厳選したターゲットアカウントが、自社のホームページにアクセスしてきて「製品情報をダウンロードするのを待ってから動く」というような「プル型」のアプローチだけでは、アカウントの「やせ細り」につながります。セールス部門とマーケティング部門が連携して、アカウントに対し「プッシュ型」のアプローチを「能動的に仕掛けていく」ことが大切です。

同時に、アカウントの中で「現在、コンタクトがいる部署以外」にも攻略すべき部署がないかを探り、アプローチすることも大切です。いわば、「アカウント内」で、自社が戦略上、狙っていくべき「ホワイトスペースを探す」取り組みです。

ABMの実践では、まず、自社が攻略すべき企業群の中に「ホワイトスペース」がないかを埋める取り組みも、同時にターゲットアカウントの中に狙うべき部署、つまり「企業内のホワイトスペース」を埋める取り組みも、どちらも重要です。さらに、それらのターゲットに対しプッシュ型アプローチで能動的に仕掛けていくことが大切です。そうした取り組みを繰り返さないと、ターゲットとなるアカウントがやせ細ってしまうのです。

MAやSFAなどのツールを入れてABMを実践しようにも、やってみたら攻めていくべきアカウントが非常に少ないことがわかり、「これではツール入れるまでもなかった」といったこともあります。それは、アカウントを厳選したにもかかわらず、そこへのアプローチが先方からのアクションを「待ってから仕掛ける」状態になっているからです。ABM実践における陥りやすい「落とし穴」です。

ABMの実践とは、罠を仕掛けて「待つマーケティング」から、狙うべきアカウントを「攻めるマーケティング」へシフトする、大きな営業プロセス変革です。次回は、これらの「落とし穴」への対策を解説します。

大橋 慶太(おおはし・けいた)

マーケットワン・ジャパン プロフェッショナルサービス部 デジタル&コンサルティングG ディレクター グローバルデマンドセンター・コンサルタント

BtoB/BtoC企業のマーケティング・コンサルティングに15年以上従事。日本初の音楽配信サービスの立上げ、大手製造業のグローバルガバナンスの強化、企業変革など数多くのコンサルティング業務を経験。現在は多くの上場企業を対象に、グローバルマーケティング強化に向けたデマンドセンター構築を支援するコンサルタントとして活躍。実践ステップ策定、プロジェクト管理まで幅広い業務をこなす。