金属水素の応用方法

もし、金属水素の生成に成功し、なおかつ量産でき、比較的手軽に扱えるようになれば、私たちの生活への恩恵は計り知れない。

まず期待されるのは、超伝導物質としての活用だろう。現在までに発見されている超伝導物質は、どれもきわめて低い温度にまで冷却しなければ超伝導にならないため、使用する際には常に、液体ヘリウムや液体窒素などで冷やし続けなければならない。

たとえば2027年に東京と名古屋間で開通が予定されているリニア中央新幹線も、「超伝導リニア」と呼ばれることもあることからわかるように超伝導を使うが、このような理由から液体ヘリウムで冷却する必要がある。ヘリウムは高価で、冷却し続けるのにも電気を使うため、コストを押し上げる要因の1つになっている(ただし、室温ではないものの、液体ヘリウムを使うほどではない比較的高い温度で超伝導になる物質は見つかっており、実験が行われている)。

しかし、前述のように金属水素は室温で超伝導を示すと考えられているため、それが事実なら冷却する必要はない。リニア・モーターカーをはじめ、MRIやモーターなど、超伝導を使う分野へ金属水素が応用されれば、低コスト化や高性能化が期待できる。

また、電気抵抗がゼロであることを活かして、送電ロスのない送電線や、電気を貯め続けられるエネルギー貯蔵システム、さらに電気自動車やスーパーコンピュータなど、電気を使うあらゆる分野への応用も考えられる。

金属水素ロケット

そして金属水素のもうひとつの利用方法が、エネルギー源、とくにロケット燃料としての利用である。

金属水素は理論的に準安定状態で、たとえばある温度以上に、といった何らかの条件をきっかけに、ふたたび金属分子になると考えられている。そしてその際に莫大なエネルギーが放出されると考えられており、その量は1kgあたり216MJにもなる。参考までに、同じ1kgのTNT火薬が爆発するときに出るエネルギーは4.2MJだから、その約50倍にもなる。

今回、金属水素の生成に成功した研究チームの一人のIsaac Silvera氏はかつて、このエネルギーをロケットに使う、「金属水素ロケット」のアイデアを発表している。原理は簡単で、金属水素が水素分子になる際の熱で推進剤(液体水素など)を加熱し、それを噴射するというもの。過去に、米国やソ連で、原子炉の炉心で推進剤を加熱して噴射するという仕組みの原子力エンジンが開発されたことがあるが、基本的な仕組みは同じである。ただ、原子力ロケットは一次冷却水を噴射する危険極まりないものだが、金属水素を使えば環境にやさしいロケットにできる。

Silvera氏によると、金属水素を使ったロケット・エンジンは、比推力(ロケットの性能を示す数値のひとつ)が1000から1700秒にまで達するという。たとえば日本のH-IIAロケットや米国のスペース・シャトルなどが使う液体酸素と液体水素を燃焼させるエンジンの場合、比推力は約460秒が最高である。これは化学的に決まっているので、エンジンを改良しようがどうしようが、これ以上数字を上げることはできない。

もし、これほどの性能をもつロケットができれば、ブースターをつけたり多段式にせず、第1段機体だけで軌道まで人工衛星を運べる単段式ロケット(SSTO)を開発することが可能になる。Silvera氏の計算では、スペース・シャトルよりもやや小さな機体サイズながら、地球低軌道にほぼ同じ25トンの衛星を打ち上げられる能力を達成できるという。再突入や着陸能力をもたせれば、単段式再使用宇宙往還機も実現できるだろう。

金属水素を使えば、単段式ロケットの開発も可能 (C) Harvard University

また2段式にすれば、より効率の良いロケットを造ることもできる。たとえばH-IIAロケットは、全長約50m、直径4mで、静止トランスファー軌道に4トンから6トンの衛星を打ち上げることができるが、金属水素を使えば、ほぼ同じ機体サイズで、30トンもの衛星を打ち上げることができるロケットが造れるという。さらに月や惑星探査機を簡単に打ち上げられるようにもなるとしている。

金属水素はまた、通常の水素よりも10倍以上も密度が高いため、タンクを小型化したり、あるいはより多くの量を積み込んだりすることが可能になるという利点もある。

2段式にすれば、スペース・シャトルとほぼ同じ大きさながら、月に35トンの物資を運べるロケットも造れる (C) Harvard University

さらにH-IIAなどと同じ大きさながら、静止トランスファー軌道に30トンの衛星を打ち上げられるロケットも可能 (C) Harvard University

結果が出るまでしばしの辛抱

もちろん、室温超伝導も、ロケットへの応用も、今の段階では夢物語にすぎない。そもそも金属水素が本当に生成できるのかという問題もあるし、送電線やロケットに使えるほどの量の金属水素を、現実的な方法、コストで作り出せるのかという問題もある。

たとえば実際に金属水素を大量生産することが可能だったとしても、天文学的なコストがかかるようなら、従来どおりのロケットを何機も打ち上げたほうが良いということになるだろう。

また、準安定の金属水素が、どのように通常の水素分子になるのかもまだわかっていない。理論的には40バール(約40気圧)、1000K(約727℃)で変化すると考えられているものの、正確なところはわかっておらず、またロケット打ち上げ時の振動、衝撃などに耐えられるかもわからない。

それでも、金属水素に大きな可能性が潜んでいることは間違いない。なにより、その存在が予測されてから約80年目にして、生成に成功したという有力な結果が出たこと、さらに496GPaという地球の中心部よりも高い圧力を作り出せる実験装置の開発に成功したことは、それだけでも大きな成果であろう。

今回のハーバード大学の成果が、本当に成功なのか。検証が続く間、もうしばらくはやきもきした日々を過ごさねばならない。もし、本当に金属水素の生成に成功していれば、私たちは教科書が書き換わる瞬間を目撃することになる。そして、たとえ期待はずれな結果に終わっても、それは次のさらなる研究に向け、またしばらく、金属水素が見せる夢とともに歩む、科学の冒険の旅が続いていくだけである。

参考