GPSとGLONASSの現状

GPS衛星は1978年から打ち上げが始まり、80年代からはまず軍が試験的に利用し、そのなかで前述の湾岸戦争での活用も行われた。同時期の90年代からは、カーナビなど、民間での活用も始まった。

運用が始まった当時、GPSは軍用の高い精度の信号と、民間用のやや低い精度の信号の大きく2種類の信号を出していた。ただ、米国は民間向けの信号に、意図的に精度を落とす仕組みを組み込んでいた。これはたとえば、敵国がGPSの民間向け信号を利用し、逆に米国への攻撃に利用される可能性があったためである。

ただその後、GPSが民間にとってなくてはならないインフラになったことや、ほかの技術を組み合わせることで、この意図的に精度を落とす仕組みが無意味になったことなどから、2000年にこの仕組みは撤廃されることになった。

GPS衛星は現在、1997年から2004年にかけて打ち上げられた「GPSブロックIIR」が12機、2004年から2009年に打ち上げられた「GPSブロックIIR(M)」が7機、2010年から2016年にかけて打ち上げられた「GPSブロックIIF」が12機の、合計31機が稼働している。

そして現在は、GPSブロックIIFよりもさらに高い性能をもつ「GPS III」の開発が進んでおり、2017年から打ち上げが始まる予定となっている。GPS IIIからは、前述した意図的に精度を落とす仕組みが搭載されない。また前ページで触れたガリレオと互換性をもつ信号を出す装置が搭載されるため、私たちにも直接、利便性の向上という形でその成果が見えることになろう。

現在運用中のGPS衛星「GPS IIF」 (C) Boeing

2017年から順次打ち上げ予定の次世代のGPS衛星「GPS III」 (C) Lockheed Martin

GPSに対抗する形で構築が始まったソ連のGLONASSは、1980年代に一応の完成を見るも、ソ連解体とロシア連邦の財政難から新しい衛星の打ち上げが進まず、破綻した状態が続いていた。しかし経済が回復した2000年代から徐々に再構築が始まり、2010年にはロシア国内でのサービスを開始。そして2011年には24機すべての衛星が軌道をまわるようになり、ようやく全世界でのサービスが始まった。

たびたび機能停止などのトラブルが報告されることがあり、今のところシステムとしては、GPSほど安定はしていないようである。ただ、現在も新型の衛星の打ち上げと試験が行われており、ロシアとしては今後も、システムの維持と改善を続ける意思があるようである。

GLONASSはロシア製ということもあり、あまり一般的ではないが、すでにiPhoneやデジタルカメラなどにはGLONASSの信号を受信できるチップが搭載されており、私たちはそれとは知らずに利用している。

次世代のGLONASS衛星である「GLONASS-K」 (C) ISS Reshetnev

独自の戦略をもつ中国とインド

米国、ロシア、欧州に続き、中国も「北斗」と名付けられた、独自の全地球衛星航法システムの構築を進めている。広大な国土をもち、その周辺などへの進出を目指す中国にとって地球衛星航法システムは魅力的ながら、欧州以上にGPSに頼るという選択肢は取れるはずもなく、システムの構築を急いでいる。

中国政府が北斗を構築する決定を下したのは1994年のことで、2000年から2007年にかけて4機の実験機が打ち上げられた。そして2007年からは本格的な衛星航法システムを構成する衛星の打ち上げが始まり、2012年10月25日までに全16機が打ち上げられた。同年12月にはアジア・太平洋地域を対象にしたサービス開始が宣言された。日本での知名度はGLONASSよりも低いが、すでに中国や韓国製のスマートフォンの中には、北斗の信号を受信できるチップが搭載されているものもある。また2008年には、四川大地震の救援活動で活用されたことが宣伝されている。

そして2015年からは、全地球規模でのサービス展開に向けた新型の衛星の打ち上げが始まっており、ガリレオと同時期にあたる2020年ごろから、全地球規模でのサービス開始を計画しているという。

北斗が完成すれば、中国はGPSに頼ることなく、GPSとほぼ同じ精度での測位や航法が可能になる。これは中国の民間はもちろん、軍の活動にとっても大きく役に立つ。またGPSやGLONASSなどにはない、メッセージを送受信できる機能があることも特長としている。

北斗の概念図 (C) BeiDou Navigation Satellite System

その中国と国境を接するインドもまた、衛星航法システム「NAVIC」(旧IRNSS)の構築を進めている。ただ、インドの場合はインドとその周辺のみに対象を絞ったシステムで、旧称のIRNSSのRもRegional(地域)から取られたものだった。地球全休を対象にしないぶん、システム構築に必要な衛星の数も7機と少なく済む。

すでに2016年4月28日までに、7機すべての衛星打ち上げが成功しており、現在はサービス開始に向けた試験を行っている段階にある。

全世界規模での商業利用を狙うガリレオとは正反対に、IRNSSはあくまでインドの国益のみに焦点を絞っている。それは中国やパキスタンといった対立する国と直接国境を接しているという事情や、全世界に打って出てもGPSやガリレオと競合するだけという判断があったのだろう。

インド周辺のみを対象にした衛星航法システム「NAVIC」の最新の衛星の打ち上げ (C) ISRO

日本も「みちびき」を構築

そして日本も、日本周辺を対象にした衛星航法システム「みちびき」の構築を進めている。現在は技術実証のための試験機が1機打ち上げられているだけだが、今後3機を追加で打ち上げて4機体制にし、さらにその後は7機体制に増やすことが計画されている。

「みちびき」はもともと、それ単体で衛星航法システムとして機能させるのではなく、GPSの信号を補強し、サービスが使える時間帯や地域を増やしたり、測位の精度を上げることを目的とした、言い換えれば「GPSと同じ信号を出す衛星を、(擬似的に)日本上空に追加する」といったものだった。日本は比較的高緯度にあり、山が多く、都市には高層ビルも多い。そのため一度に見えるGPS衛星が少なくなりやすく、理想的な測位ができない場合が多いという問題があった。

そこで擬似的に日本の真上、つまり山やビルの影響を受けにくい場所に、GPSと同じ信号を出す衛星を置くことで、この問題を解決しようというのが「みちびき」である。ただし、衛星を日本上空に常に置くことは物理的に不可能なので、「準天頂軌道」という少し変わった軌道に衛星を複数乗せることで、擬似的にこれを実現する。

このGPSの補強という役割は、最低3機、またそのうちどれかが壊れたときに備えた予備機を含む計4機を準天頂軌道に乗せれば完成する。これを7機体制にすれば、システムとしての安定性が増すと共に、ちょうど前述したインドのIRNSSと同じように、「みちびき」だけで日本周辺での航法や測位サービス展開が可能になる。

「みちびき」の想像図 (C) JAXA

「みちびき」の準天頂軌道を表した図。少し変わった軌道に乗せることで、擬似的に日本の上空に衛星が位置するかのように運用することができる (C) JAXA

100機を超えるさまざま衛星航法システムが地球を覆う時代がやってくる

このように、2020年代には米国GPSとロシアのGLONASSに加え、欧州のガリレオ、中国の北斗、インドや日本周辺の上空ではさらに輪をかけて、さまざまな衛星航法システムの衛星たちが上空を覆うことになる。その数は100機を軽く超える。

先に述べたように、測位の精度は衛星の数とその位置が重要になるため、利用できる衛星は多ければ多いほど良い。それぞれ信号の互換性などの問題はあるものの、それさえ解決できれば、より高い精度と安定性のもとで、私たちは衛星航法システムを使用することができるようになる。

もっとも、そこへたどり着くまでの道のりはまだ遠い。ガリレオは「GPSがあるのに本当に必要なのか」という、"そもそも"のところからたびたび議論になっており、それが計画が遅れた原因のひとつにもなった。日本の「みちびき」に対しても、費用対効果の点から、その必要性に疑問が投げかけられている。

しかし、いずれにしろ複数の衛星航法システムが地球を覆うことは間違いなく、その恩恵は計り知れないものになるだろう。たとえば昨今話題の自動運転車やドローンによる荷物の宅配といった技術の実現には、衛星航法システムなどを使って正確な位置を知ることが必要不可欠である。さらにスマートグリッド、スマートシティの実現や、まだ誰も考えついていないサービスなど、多くの可能性が秘められている。

「みちびき」に話を戻せば、単に衛星やシステムの開発や構築の話にとどまらず、そうした社会の実現に向けて、制度設計を行ったり産業振興策を立ち上げたりするなかで、「みちびき」の位置付けや必要性を考えていくことが必要になるだろう。

【参考】

・European Commission - PRESS RELEASES - Press release - Galileo goes live!
 http://europa.eu/rapid/press-release_IP-16-4366_en.htm
・GPS.gov: Space Segment
 http://www.gps.gov/systems/gps/space/
・Constellation status
 https://www.glonass-iac.ru/en/GLONASS/
・http://satcom.jp/66/fromAerospaceAmerica.pdf
・宇宙基本計画 平成28年4月1日 閣議決定
 http://www8.cao.go.jp/space/plan/plan3/plan3.pdf