今や伝説となったアップルの故スティーブ・ジョブズ氏だが、かつてジョブズ氏と蜜月の関係でアップルを率い、そしてジョブズをアップルから追放した男がいたのをご存じだろうか。アップルの3代目CEO、ジョン・スカリー氏だ。そのスカリー氏が来日し、特別講演を行った。巨大企業のCEOを歴任した人物が語るこれからのイノベーションの条件とはどのようなものか。

ジョン・スカリー氏(ワークスアプリケーションズ主催「COMPANY Forum2016」にて)

ペプシとアップルを世界的企業に引き上げた経営者

ジョン・スカリー氏といえば、古いアップルファンの間では一種の伝説とも言える人物だ。Macの販売を前にプロの経営者を探していたジョブズ氏が、マイケル・ジャクソン氏を起用した広告や比較広告という手法でコカ・コーラとの「コーラ戦争」を制したスカリー氏を「このまま一生砂糖水を売り続けるか、一緒に世界を変えるか」という口説き文句で引き抜き、アップルのCEOに据えた逸話は非常に有名だ。

その後、ジョブズ氏とのコンビでMacを売り出すも、手綱を握りきれないジョブズ氏を追放し、単独でアップルの経営に乗り出す。Macの販売を軌道に乗せるとともに、将来のアップル製品のビジョンとして「Knowledge Navigator」を発表したり、PDAの元祖である「Newton」の開発を推進したり、IBMとアップル、モトローラとの共同で「PowerPC」プロセッサの開発と採用を進めたりするなど、ジョブズ追放後のアップルを世界的なコンピュータ企業に育て上げた。しかし、業績の悪化もあってCEOを解任され、その後は兄弟とともに投資コンサルタント会社を経営している。

スカリー氏は、IT系のメディアなどからは技術的素養がないこと(ジョブズ氏もその点は大差ないのだが)やいくつかの失策を挙げて低い評価を受けることもあるが、前述したKnowledge NavigatorやNewtonといったビジョンはむしろ現代のITシーンを正確に予見していたと言える面もある。何より、ペプシ、アップルという世界有数の企業を相次いで率いた手腕と経験は並大抵のものではないはずだ。

スカリー氏が登壇したのは、ワークスアプリケーションズ主催の「COMPANY Forum2016」の特別セッション(9月28日開催)と、翌29日のキーノートである。日本にはイノベーターと呼べる優秀な人物がたくさんいるものの、世界で勝負できるイノベーションはほとんど起きていないが、イノベーションを起こす条件についてスカリー氏はどう見ているのか。

顧客中心主義にマインドセットを切り替える

スカリー氏は近著のタイトルでもある「ムーンショット(Moonshot=月面探査ロケットの打ち上げ)」という言葉をとりあげ、「これはもともとジョン・F・ケネディ大統領が1960年代中に月に人類を送り込み、無事地球に帰還させるという野心的な目標を挙げ、成功させたことから、ムーンショットが"将来を描く、斬新で困難な、壮大な目標や挑戦"を表す言葉になった」と話す。「シリコンバレーでは世界が一変するような、影響力が非常に高いイノベーションを意味する言葉でもある」という。

そして現代のムーンショットを成立させる技術として、スカリー氏が挙げるのが、クラウドコンピューティング、IoT、ビッグデータ、モバイル機器だ。これらを活用して新しいビジネスを作り上げていくべきだと説く。

スカリー氏によれば、これまでのビジネスが前年の売上からビジネスプランを立てて予算を積み上げていくものであるのに対し、これからのビジネスは顧客を中心に、顧客が何を求めているかを考えて作る「カスタマープラン」を中心に構築していくべきだという。