現在、さまざまなクラウドサービスが登場し、業務の効率化に貢献している。しかし、まだまだこれまでのやり方を変えずに、手作業で仕事を進めている業界も少なくない。例えば、農家や弁護士・会計士などの士業、地方の中小企業などが顕著である。

4月21日に開催された、マネーフォワードが主催する「MFクラウドEXPO2016」では、農家、弁護士、地方創生プロジェクト推進者の3名によるトークセッションが行われた。それぞれの業界で活躍する3名は、さまざまなクラウドサービスを駆使して、大きな成果を出しており、業務の効率化だけでなく、ビジネスのヒントも見えてきた。

トークセッションの様子

各業界におけるクラウドサービス活用事例

まずは、6名のスタッフとともに、年間50品目以上の旬の野菜を栽培し、契約消費者と都内の飲食店に直接販売を行っている、久松農園の代表取締役 久松達央氏の事例から紹介しよう。

久松氏が利用しているクラウドサービスとしては、以下の6つのサービスが挙げられた。

  • SPIKE(オンライン決済)
  • MFクラウド会計(会計)
  • MFクラウド請求書(請求管理)
  • ZOHO(CRM、販促など)
  • KINTONE(社内向けツール)
  • COREC(BtoBにおける受発注)

――クラウドサービスを使い始めたきっかけは?

久松農園 代表取締役 久松達央氏

久松氏: それは、字が汚いから(笑)。字が下手なので、手書きのものをお客さんに出すのがいやで、Wordを使っていました。最初は、そうしてデジタルデータで文書をためていくと、検索できるのが便利だなと思っていました。

このようなベースがある上で、従業員が入るようになり、ローカルにあるデータをいろいろと共有しなければならず、「Google Docs」を使うなどしていました。クラウドに興味を持ったきっかけは、社内のメンバーと共有するためです。

――実際、農業の業界で、クラウドサービスはどの程度活用されているのでしょうか?

久松氏: 「クラウド」という言葉自体、わからないのではないでしょうか…。農家の多くは、電話して、顧客台帳や宅配便の伝票を手書きするということを主に行っています。そこが業務上のボトルネックとなっているんですが、ボトルネックになっていることすら、おそらく本人たちは気づいていないでしょう。FAXが導入されていたらだいぶ先進的で、やっと行政から農家への通知がFAXになってきたところです。メールでやり取りすることすら一般的ではないですし、特に行政関係は「メールで添付して送ってください」と言うと、明らかに戸惑いの表情を浮かべられます(笑)。なので、私はFAXされてきたものをスキャンして捨てるということを、延々とやっています。

また、判子を押すというつまらない習慣のために、やっと添付ファイルでもらっても、印刷して判子を押して渡している状況で、何のための添付ファイルなのかわかりません。判子を押してスキャンし終わったら現物は捨てているので、全く紙の無駄。

――クラウドサービスを使って、どのように運用しているのでしょうか?

久松氏: 農業というのは通常、「生産者」という言葉があるように、流通は農協や既存のシステムがあり、そこにモノだけをつくるという立場です。変わったモノをつくって、それを嗜好する人に直接届けたいと思うと、つくって販売して金額を回収するということを自分でやらなければならず、効率が悪くなります。さらに客単価が低く、細かい出荷が続くため、まともに考えるととても非効率でやりません。でも、そこはだからこそ、非効率なことをやりたいんだから、「効率化できるところは効率化しようよ」という発想で取り組んでいます。

流通には大きくわけると、「モノの流れ」と「お金の流れ」があります。

青い部分が「モノの流れ」、赤い部分が「お金の流れ」

モノの流れに関して言うと、お店から注文を受け、どんな野菜をどれくらい採る必要があるのかを集計し、荷物に入れる納品書や宅配便の伝票を印刷して、販売台帳をつくるという一連の流れを、今までは手で入力していました。

効率化するには、最初に入ってくる受注の部分がデジタル化されていないと後の部分でデジタル化することができません。まずは受注の部分をデジタル化し、モノの流れをロジックを使って帳票をつくり、最終的にお金の流れにまわすことができるのではないかと考えていました。お金の流れに関しても、請求して記帳するところまでが、一括して行えるのではないかと思っていました。

このような仮説は持っていましたが、それが実現するようになるためには、マネーフォワードや「COREC」という受注に特化したサービスの登場を待たなければいけませんでした。

いろいろなクラウドサービスを組み合わせることによって、やっと自分たちの身の丈にあった処理が行えるようになりました。

飲食店に配送する場合のオペレーションの流れ。フェーズによって、クラウドサービスを使い分けている

個人宅配の場合は、さらに1件1件が少額で、入金もカード決済あるいは銀行からの引き落としが主となるので、そこへの流し込みが必要となります。99%の農家はこれを見ただけでも、「小売なんかするか」となるわけです。

個人宅配の場合のオペレーションの流れ

――クラウドサービスを導入した効果は?

久松氏: 農業は栽培面で超属人的。だから職人技になっています。私は家族経営ではないので、従業員とどうコミュニケーションを取るかといったら、いかに自分の中にあるいろいろなノウハウをスピーディーに共有できるかということ。ツールはもちろんですが、大事なことは全員が共通のフォーマットに書き込んで、日々やっていることがデータベース化されることです。そうすることによって、多くの農家が「人にはまねできない」と思っているノウハウが、案外簡単に言語化することができます。あるいは、共有を可視化することによって、本当に属人的にやる必要のあるコアの部分が見えてきます。これは、チームで仕事をしている上で、コミュニケーションのベースとなっています。

売上に関しては、簡便に自動化してできることによって、自分で作業する時間が短縮できたことが重要なのではなく、シンプルにすることによって社外の人に任せることができるようになったことが重要です。震災など、たまたま外的な要因があった時に、自分の本業となる部分以外を社外の人の力を借りられることによって、自分は本業に集中することができます。こうして、東日本大震災のあった2011年から2年間で、売上を倍にすることができました。この一因にクラウドサービスがあることは、間違いありません。