ソニック・ブーム

コンコルドが葬られた理由には、高い運航コスト、短い航続距離などの他、ソニック・ブームによる騒音問題があった。

ソニック・ブームとは、超音速飛行時の飛行機から出る衝撃波が地上に届き、落雷や爆発音のような轟音として届く現象である。一度や二度聞いただけであれば貴重な経験と済ませられるかもしれないが、飛行航路の真下に住んでいる人からするとたまったものではない。

当初はソニック・ブームへの理解が進んでおらず、米空軍などは自由に超音速飛行を繰り返していたが、とたんに住民からの苦情が殺到することになった。航空史家のLawrence R. Benson氏によると、1956年から68年の間に、米空軍にガラスが割れた、壁にひびが入った、ペットが死んだ、家畜がおかしくなったなど、3万8831件もの苦情が届いたという。

やっかいなことに、このソニック・ブームは、たとえ通常の旅客機よりも高高度を飛行したとしても、地上にはしっかりと届いてしまう。たとえば多くの旅客機が高度1万mほどを飛ぶ中、コンコルドは1万6000mほどを飛んでいたにもかかわらず、ソニック・ブームは地上に轟くことになった。

このため、コンコルドは陸地の上空を超音速で飛行することを禁止、もしくは制限されてしまい、その航続距離の短さも相まって、大西洋横断航路を中心とした、ごく限られた路線に投入されたに過ぎなかった。

コンコルドの他の短所だった、燃費の悪さや航続距離の短さなどは、技術が進歩し、より高性能なエンジンや機体を軽くできる材料などが生み出されたことで解決は可能だった。しかし、ソニック・ブームは超音速で飛行するという行為そのものから発生するため、解決は難しかった。

ソニック・ブーム低減に向けた取り組み

ソニック・ブームの問題を解決するため、NASAは2003年、SSBD(Shaped Sonic Boom Demonstration)という計画をはじめた。これはF-5E戦闘機をベースに、ソニック・ブームを低減できる機体形状へ改造したもので、飛行試験を通じてデータが収集された。その後も、NASAが所有するF-15Bなどを使った試験が繰り返されている。

そして今年3月1日には、ソニック・ブームを低減する技術の実証機「QueSST」を、米航空宇宙大手のロッキード・マーティンと共同開発すると発表した。旅客機ではないものの、パイロットが搭乗して操縦する有人機となるという。飛行試験の開始は2020年ごろに予定されている。

F-5E SSBD (C) NASA

QueSST (C) NASA

一方、日本では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が「低ソニックブーム設計概念実証プロジェクト」(D-SEND)を2011年から実施している。計画は2段階に分かれており、最初の「D-SEND#1」は2011年5月に、通常のソニック・ブーム波形を発生させる形状の「NWM」と、ソニック・ブームを低減させる設計をした形状の「LBM」の、2種類の模型を大型気球から落下させ、ソニック・ブームを見る試験が実施された。

続いて2015年7月には、低ソニック・ブーム化技術で設計した超音速試験機を飛行させソニック・ブームを計測する「D-SEND#2」という試験が実施され、実際に低減していることが確認されている。

JAXAでは、マッハ1.6、乗客数36~50人、離陸重量70トン級で、航続距離が3500nm(約6300km)以上の、小型超音速旅客機の実現を目指しており、まずその鍵となる技術目標を達成するとともに、機体概念を提示することを目標としている。

D-SEND#2 (C) JAXA

JAXAが構想する小型の超音速旅客機 (C) JAXA

民間企業の取り組み

こうした研究機関の開発と共に、民間でも研究や開発が進んでいる。

その筆頭が、米国の「アエリオン」という会社である。同社は近年、コンコルドの次世代機となる超音速旅客機の開発を行っている。

といっても、100人や200人が乗れる大型機ではない。大企業の幹部や要人など、ごく限られた少人数が乗って移動するための、「ビジネス・ジェット」と呼ばれるタイプの小型機である。

同社の「AS2」は、最高でマッハ1.5を出せるという。たとえば、現在の超音速ではない飛行機では、東京からサンフランシスコまで約10時間30分もかかるが、AS2であればこれが約7時間になり、3時間30分の時間短縮になる。定員は12人で、航続距離は約8800kmが予定されている。

開発には欧州の航空宇宙大手エアバスが支援を行っており、またすでにフレックス・ジェットが発注を行っている。アエリオンによると、2019年にも初飛行を行い、2023年から運航を開始したいとしている。

このほか、米国のガルフストリームやスパイク・エアロスペース、フランスの航空機大手ダッソー、ロシアのツポレフなども超音速ビジネス・ジェット機の開発を狙っている。

アエリオンのAS2 (C) Aerion Corporation

スパイク・エアロスペースが開発中のS-512 (C) Spike Aerospace

隗より始めよ

はたして、私たちが生きている間に、超音速旅客機は復活するのだろうか。

現在のところ、世界は超音速旅客機は必要不可欠なものとして認識されていない。もちろん、誰でも早く目的地に着けるのであれば嬉しいとは思うだろうが、そのために現在の2倍以上の運賃を支払ったり、座席や機内サービスの質が若干落ちたりすることを許容できる人は、しかし少ないだろう。

超音速旅客機が世の中に定着するためには、それを必要とする社会への変革が必要になる。

もしアエリオンなどが提案しているビジネス・ジェット機クラスの飛行機が実現すれば、ある業種、ある地位の人にとって、超音速で世界を移動することがステータスとなり、その移動時間を基準にしたビジネスや、あるいはプライベートの過ごし方が生まれるだろう。そして次第に、超音速旅客機が社会にとって必要なものとなり、従来の航空機より多少高額だったとしても喜んで、もしくは必要に迫られ、利用する人は増えていくことになろう。

超音速機は、移動時間を大幅に少なくし、この世界をより小さくすることは間違いない。そうなれば、インターネットが登場したころのように、私たちの生活は大きく変わることになるだろう。

そして科学・技術の進歩によって、そんな時代に向けた扉がいよいよ開かれつつある。

コンコルドの遺志を受け継ぐ、新たなる超音速旅客機が飛ぶ日は、もう間近かもしれない。