米MicrosoftがCRMで競合関係にある米Salesforceと提携の拡大を発表した。「Skype for Business」などをSalesforceのプラットフォームから直接利用できるようにするものだ。発表の場となったSalesforceの年次カンファレンス「Dreamforce 2015」で9月17日、Microsoft CEOのSatya Nadella氏が登場し、Microsoftの存在価値からCEOの役割、競合を含む他社との協業、モビリティやビックデータなど業界のトレンドに対するMicrosoftの戦略について語った。

人と企業のエンパワーがMicrosoftの中核

Nadella氏は日本でも著名なWired Magazine編集のJessi Hempel氏とともにDreamforceのステージに登場、質問に答える形で話をした。

Hempel氏は冒頭、「MicrosoftのCEOがSalesforceのカンファレンスにいることは2年ちょっと前には想像できなかった」と切り出す。新しいMicrosoftの舵取りをするNadella氏に対し、Microsoftの”魂(Soul)”は何かと尋ねた。

CEOに就任して2年目となるNadella氏は、「あらゆる人、企業がそれぞれの目標に到達するのをエンパワーすること」と語る。これは共同創業者のBill Gates氏らが最初にBASICでコードを書いた時からであり、クラウドでやっていることも基本的に同じだという。

「これこそが自分がMicrosoftにいる理由であり、Microsoftが最も得意とすることだ」とNadella氏。

米Microsoft CEOのSatya Nadella氏(右)

社風についてNadella氏は「社風が、その企業が到達するものを定義する」としながら、「学び、生き生きとした社風。毎日、前の日よりもよくしようと個人レベルで思うこと。このような社風がMicrosoftにあってほしい」と願いを語る。これにより、よく聞き、学び、実行する会社につながる、との思いからだ。

米企業で問題意識が高まっているダイバーシティについても、「ダイバーシティが会社を成長させる。存続のために必要」「リーダーシップがダイバーシティを優先課題としていることを示さなければならない」とコメントした(なお、Nadella氏のスピーチの翌日、元従業員が男女間の報酬格差について米Microsoftを提訴したことが明らかになっている)。

このように、Nadella氏の会社と社員への思いは強い。「一番気になっていることは?」という質問に対しても、「月並みな言葉だがカルチャーがすべてだ。そして、Microsoftの成功もカルチャーに左右される。Microsoftの社員全員が自分の任務で最高の業績を出せるようにしたい」と述べた。CEOとしての自分の仕事は「カルチャーのキュレーション」であり、これがきちんとした方向にむかっているかを常に自問しているという。

生産性、クラウド、パーソナルコンピューティング

Nadella氏によると、Microsoftが到達しようとしていることは、「生産性とビジネスプロセスの再開発」「インテリジェントなクラウドの構築」「コンピューティングをさらにパーソナルに、自然に」の3つだという。

生産性については、コンピューティングやデータがどこにでもある現在、われわれの最も貴重なリソースは「時間」とNadella氏。「ソフトウェアやサービス、そしてツールを集めて時間を還元することにより、ユーザーは仕事と人生を楽しむことができる」と続ける。

そこで重要になるのが、「プラットフォーム」だ。エンドユーザー、サードパーティの開発者、ITが集まる――。これこそプラットフォームの魔法(マジック)であり、これが企業や人を成功に導くのだという。

そのためには、Salesforce、Workdayなど競合との提携が重要になると続ける。そして、「FacebookやGoogleの成功はWindowsなしにはありえなかった」と以前からサクセスストーリーの土台となってきたことを強調した。

なお、Salesforceとの提携は両社が2014年に締結した提携を拡大するものとなり、「Skype for Business(旧称「Lync」)」、「OneNote」をSalesforce Lightning Experienceに統合させ、SalesforceからはWindows 10向けのSalesforceの「Salesforce1 Mobile App」が登場する。提供は2016年後半を見込む。

2社は2014年の提携により、Outlook/Office 365から直接Salesforceにアクセスできる「Salesforce App for Outlook」などを実現させている。

デバイスではなく体験のモビリティが重要

Hempel氏はモバイル戦略についても尋ねた。Microsoftは7月にNokia買収の減損処理を行っている。ただ、こうした指摘については「モビリティとは端末ではない」とNadella氏は話す。

「デバイスをまたいでのエクスペリエンスが動くこと」というのがNadella氏にとってのモビリティだ。「PCが成功し、その後スマートフォンがブームとなり、その次は……ウォッチやメガネなどウェアブルの兆候がみられる。コンピューティングはあちこちにあるが、重要なことはエクスペリエンスがユーザーの動きに合わせて動くか。答えはここにある」とNadella氏。

エクスペリエンスのモビリティのために構築した製品こそ、7月末にリリースした「Windows 10」だ。OfficeなどのアプリケーションのiOSやAndroidへの対応も、この考えの延長上にあるとする。

「我々のアプリケーションとサービス、そしてOSがきちんとエクスペリエンスのモビリティを支援することを確実にしている」とNadella氏は戦略を明かす。

デモでは、エクスペリエンスのモビリティがどのようなものかの例として、デバイスに拘束されない作業、生産性を加速させるプラットフォームとしてのやりとりや最新の情報発見ツール「Valve Analytics」を披露した。なお、このデモで最初に使われたのは「自分のものではないが……」といって取り出したiPhoneだ。「Microsoftのアプリがたくさんはいった独自のiPhoneで、”iPhone Pro”とでも呼ぼう」と言って、会場を沸かせた。

iOS向けのOutlookで搭載した「Focused」を紹介した。マシン学習を利用し、重要なメールを優先的に表示することで貴重な時間を削減できるという。画面ではSalesforceと統合してSalesforceのアカウントに加えたり、メールを開いてOutlook上でSalesforceを開いて顧客データを見るなどのことをデモした

「Windows Phone」ではチーム機能の「Groups」を紹介した。営業チームがOneNoteを利用して必要な情報、カレンダーを共有するほか、Salesforceとの統合によりビジネスイベントも共有できる

Windows 10スマホのユニークな機能として、Bluetoothを利用してキーボード、画面と接続してPCのようにWindows Phoneを利用するデモも披露した

時間を追跡する「Delve Analytics」も紹介した。自分がミーティングに費やした時間、顧客に費やした時間をメールで報告してくれる。この情報を利用して、時間の使い方の効率化と改善に役立てられる。「フィットネスアプリが健康維持に役立つように、生産性を支援する」とNadella氏は形容する

ビックデータとクラウド

ビックデータのトレンドについては、「直感よりもデータをという意見もあるが、両方とも大切だ。データは直感を支援するもの」「データは企業の通貨」とNadella氏はいう。

データがあらゆるポイントで収集、蓄積されており、「これをどうするかが課題だ」と続ける。「データがわれわれをどのように助けてくれるのか、これを問うべきだ」とし、「データの海の中で、アクションを加速させるような小さなパターンを見つなければならない」とした。

話はクラウドにも及んだ。Microsoftはクラウド事業を2018年に200億ドル事業にするという目標を掲げている。現状についてNadella氏は、「すでに大きな事業だ。SaaS事業は5億ドル規模で成長率は100%近くある」と胸を張る。Salesforceのカンファレンスではあるが、「われわれは最大規模のSaaSカンパニーだ」とNadella氏。このような成長と同様に強調するのが、ビジネス面での変化だ。

「クラウドは製品がたんにクラウドに乗るというのではなく、顧客への価値提案が変わる」と述べ、サービスとして提供するモデルによりSMB市場にリーチできていることを報告する。「毎月5万社がOffice 365を新たに導入している」とNadella氏。「クラウドは大きな事業であるだけでなく、大きなミッションでもある」と続けた。

Helloの顔認証でWindows 10マシンにログインし「Power BI」にアクセスし、「過去1時間のツイートの数」などと自然言語によるクエリから結果を表示するというデモを行った。その後、音声アシスタントのCortanaを使って高リスク案件を表示するというデモを試みたが、3回とも失敗した

Hololensは5年先

1月に発表したHoloLensについては、定期的に使っており「ぶっとぶぐらいのすごさ」と述べる。HoloLensの革新性をNadella氏は「ミックスリアリティー」と表現する。

「これまでのデスクトップやアイコンが現実をデジタル化、現実のメタファーだったのに対し、初めてデジタルのアウトプットが現実世界にミックスする」と述べ、これを利用してなにができるのかを理解するのはこれからになるとした。

活用についてはパートナーと話を進めているようで、一例として産業デザイン、顧客サービス、ヘルスケアなどの業界をあげた。同社は「Minecraft」のMojangを買収しており、MinecraftはHoloLensのイメージビデオにも使われている。このようにゲームについても「まったく新しい可能性が開ける」という。

気になるHoloLensの製品化については、「開発者向けキットを2016年に出す予定」とのみ答え、「製品は5年計画」とした。

Salesforceはコミュニティや教育など慈善活動を積極的に行っているが、Nadella氏は終わりに、コンピュータ科学の教育に3年間で7500万ドルを寄付することを発表した。これに対し、会場からは大きな拍手が起こった。