「記憶や学習の場」とされている脳の神経回路が選択的に形成、維持されるのに必須なタンパク質を、慶應義塾大学医学部生理学教室の柚﨑通介(ゆざき みちすけ)教授と掛川渉(かけがわ わたる)専任講師らが発見した。記憶障害や精神疾患の原因解明や治療法開発の新しい手がかりになりそうだ。新潟大学の崎村健司(さきむら けんじ)教授、北海道大学の渡辺雅彦(わたなべ まさひこ)教授、英オックスフォード大学のラドゥ・アリセスク博士との共同研究で、1月21日付の米科学誌ニューロンに発表した。

図1. 神経細胞はシナプスによって結合し、神経回路を形成(提供:慶應義塾大学)

脳には1000億を超える神経細胞が存在し、神経細胞が互いにシナプス結合を形成して、記憶や学習に必要な神経回路を構築している。生後間もない時期に、いったん形成された過剰なシナプスのうち、不必要なシナプスは除去されて、成長とともに必要な神経回路が強化される。これが「シナプス刈り込み」で、脳のあらゆる部位で起こる。シナプス刈り込みで完成された神経回路はその後長期に維持され、記憶や学習といった高次神経機能を担う。しかし、シナプスがどのようにして刈り込まれ、形成、維持されるのか、謎が数多く残されている。

図2. 登上線維シナプス回路の生後発達変化(提供:慶應義塾大学)

図3. C1ql1-BAI3結合が登上線維シナプス回路を調節し、運動記憶・学習を制御する仕組み(提供:慶應義塾大学)

運動の記憶や学習は、後頭部に位置する小脳で担われている。延髄にある「下オリーブ核」の神経細胞が伸ばす突起(軸索)は、小脳のプルキンエ細胞と登上線維シナプスを形成する。生後間もない時期のプルキンエ細胞は複数本の登上線維とシナプスを形成しているが、発達に伴って、登上線維の間に強弱が生じ、最終的に弱い登上線維とそのシナプスは刈り込まれ、1本の強い登上線維が形成するシナプスが勝ち残る。このような登上線維シナプスの刈り込み過程が障害された遺伝子改変マウスでは、運動記憶・学習が著しく低下する。

研究グループは、マウスの実験で、小脳の登上線維シナプス刈り込みを詳しく解析した。登上線維が分泌するC1ql1(シーワンキューエル1)と呼ばれるタンパク質が、生後発達時の小脳で正しいシナプスを選択的に強化することを見いだした。遺伝子操作で作ったC1ql1欠損マウスでは、強い登上線維が形成されず、ほかの弱いシナプスの刈り取りも進まなかった。また、成熟後にこのタンパク質を除去すると、いったん形成されたシナプスが失われ、小脳の神経回路に依存した運動学習が著しく障害されることがわかった。

また、登上線維から分泌されたC1ql1は、プルキンエ細胞に存在するBAI3(バイ3)と呼ばれる受容体に結合することも発見した。BAI3欠損マウスや、C1ql1-BAI3間の結合を阻害したマウスでも、登上線維シナプスの刈り込みが障害され、小脳神経回路に依存した運動記憶・学習機能が著しく低下することも実証した。さらに、成熟した野生型マウスで、BAI3を除去すると、C1ql1を除去した時と同じように、登上線維シナプスが失われた。このシグナル伝達が大人になってからも、登上線維シナプスを維持していくのに欠かせないことがわかった。

柚﨑通介教授は「C1ql1に類似したたんぱく質は小脳以外のさまざまな脳部位に存在し、それぞれの神経回路で機能すると考えられる。この研究は、ほかの脳の発達期の神経回路のシナプス刈り込みや、記憶・学習の仕組み解明の突破口になり得る。また、発達障害や精神疾患の一因としてシナプスを基盤とした神経回路の障害が疑われており、今回の発見はさまざまな精神疾患の病態解明に新しい可能性をもたらすだろう」とみている。

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