なお、ここまでの説明で勘違いさせてしまいやすいので補足しておきたいが、カーナビのルート検索のプログラムそのものに関しては、ゼンリンが作っているわけではない。それは各カーナビメーカーが作っている部分であり、その手助けをするための地図データとして、従来の情報に加え、現在は時間によって規制が変わる交通標識や、実際に確認しないとわかりにくい車止めといったより詳細な細道路の交通規制データや、目的の建物の入り口に面した道路がどこかといったデータをゼンリンが用意すべく情報収集を行い、地図データに反映しているというわけである。

さらに整備中のデータがあり、「全道路標高データ」もその1つ(高速道路とその下の一般道など、道路が重なっているような部分に関しては、すでに標高データが活用されている)。今後、EVやPHV(プラグインハイブリッド車)などのエコカーが普及すると、カーナビには省燃費なルートへの誘導が求められるようになる。省燃費ルートを算出する際は距離はもちろんだが、アップダウンも要素として大きい。道路ネットワークに標高データを格納することで、ルート探索時に勾配の算出までをできるようになり、直線距離的には最短とはいえ山岳部の激しいアップダウンを繰り返すルートよりも、距離的には若干遠回りになるが平坦なルートを案内するようになるというわけだ(画像33)。現在、高速、都市高速、有料道路、一部国道は前述した車両の1つである高精度計測車両による走行軌跡が取得済みで、そのほかの一般道に関しては国土地理院が計測した標高データを5mメッシュで取り込み、整備が進められているそうである(画像34)。

画像33(左):これまでのカーナビにも燃費優先の案内をするものもあるが、標高データを充実させることで、より正確にどのルートが最も燃費がいいかを出せるようになっていく。画像34(右):主立った道路は、高精度計測車両が走行して標高データを取得し、それ以外の細い道路などは国土地理院の標高データを利用している

それから、歩行者用の道路ネットワークもデータ整備の強化が進んでいる項目の1つだ。近年はスマートフォンの地図案内アプリを使うことが多いが、エリアによっては、自動車ルートと歩行者ルートではまったく異なる場合がある。そのため、調査員が駅構内や地下街、コンコース、車両進入禁止の商店街、エスカレーター、エレベーター、ペデストリアンデッキ(車道から立体的に分離された歩行者専用路)、公園、歩道橋、横断歩道、高架下など、歩行者専用の道路ネットワークの情報も収集も進めているのだ。

ちなみに歩行者用と車両用のルートではどのぐらい差があることがあるのかというと、東京駅・大手町周辺や新宿など、地下街などが発達しているエリアは特に顕著だ。例えば、新宿西口の中央公園内から新宿住友ビルの近辺まで移動するとしよう。これが車の場合だと、西口公園に沿って南下し、なおかつ新宿西口は街そのものが2層構造になっているのでそれを考慮した道路選択をする必要があり、かなりの遠回りになる(画像35)。この車両ルートを歩くとなると誰もがげんなりする距離だと思うし、時間的損失も甚だしい。

しかし、公園内を突っ切って、歩道橋や2層構造の1階にある動く歩道などを利用するという歩行者専用ルートを利用すれば、車両ルートに比べて半分ぐらいの距離になる(画像36)。このように、歩行者用ルートで案内するというのは、車両ルートとはまったく別物となることが多々あるため、歩行者用の調査も重要視されるようになってきたのだ。さらに歩行者ネットワークは現在、距離優先や雨天時に求められる「屋根優先」なども選べるようになっている(画像37)。そのほか、階段の少ないルート、女性の夜の帰宅で安全性を優先した大通り優先なども選べるという。

画像35(左):新宿西口の中央公園西側から新宿住友ビルの正面の建物まで向かうという自動車ルート。約1.3kmなので確かに自動車なら大したことはなく、3~5分ぐらいで着くはずだ。しかし徒歩だと、少なくとも20分はかかるはず。画像36(中):それが徒歩専用ルートだと、おおよそ680mと、約半分に。おおよそ10分だ。画像37(右):距離優先や屋根優先、そのほかにも大通り優先など、ユーザーの体力や好み、その時の天候などに合わせて選ぶことが可能だ

また地下通路だけでなく、店舗が並ぶ地下街エリアも全国に多数あるが、そうした地下街のテナント情報も整備されているという。せっかく行きたいお店があっても、地下街は案内図を見てもなかなかわかりにくかったりすることもあるわけで、そうした店舗情報も収めたマップなら、まさに「リアルダンジョン」を攻略できるというわけだ(画像38)。

同じく地下街と並ぶリアルダンジョン系として、拠点駅の構内もある。前述したJR東京駅を筆頭に、新宿駅、横浜駅、大阪駅などなど、JRの在来線や新幹線、私鉄や地下鉄などが複数乗り入れる拠点駅は、初めて訪れた人にとっては迷って当然の構造となっており、出たい改札もわからなければ、乗る時も目的のホームにたどり着くのが大変だったりする。そうした駅構内のネットワークも整備が進んでいるところで、現在は目的地を拠点駅の何番線という指定までできるようになっているのだそうだ(画像39)。

画像38(左):東京駅東側・八重洲口の地下街のマップイメージ。わかりづらい地下街も案内してもらえるようになってきたのだ。画像39(右):横浜駅構内のネットワーク整備イメージ。従来もネットワークはあったが、さらにホームまでも含めたネットワークの強化が行われている

そして最後は海外地図データ提供エリアについて。冒頭で、ゼンリンに海外拠点があると触れたことからもわかるように、ゼンリンは海外でも地図データの提供を行っている(画像40)。地図提供エリアとしては、ロシアを含むヨーロッパ、中東、北米、ブラジル、オーストラリア、南アフリカ、マレーシアなど。中国、台湾、インドに対しては技術支援を行っている形だ。

ただし、地図データをまるっきりゼロから調査して製作しているかというとそうではなくて、現地メーカーからライセンスを受けたり、それに基づいたりして、意匠系データや検索データなどのオリジナルコンテンツを付加するといった「オーサリング」を行って顧客に納品しているという。例えばインドの場合は技術支援の関係だが、ニューデリーに本社がある地図データ製作会社「C.E.Info Sysytems」とゼンリンは資本関係にある。インドの地図データはC.E.Info Sysytemsが持っているのだが、そこにゼンリンのノウハウを提供して、ゼンリンの進んだ地図の提供の仕方を支援しているというわけだ。その一方で、ゼンリンはインドの地図データをC.E.Info Sysytemsから受けてそこにオリジナルコンテンツを加え、インドに進出したい日本企業向けに地図のソリューションを提供するといったことを行っているのである。

画像40。海外地図データ提供エリア(オレンジ)および技術支援エリア(緑)

ちなみに、こうした海外のメーカーと比較した場合、ゼンリンが技術支援をしているぐらいだから技術的に上かというと、「ゼンリンが」というよりも、日本という環境が地図製作を鍛える環境であることが大きいという。もちろん、どの国も、特に歴史の古い都市部は複雑な道路ネットワークになっていると思われるが、例えば米国などはご存じの通り、かなり碁盤の目なので(多少斜めの道路もあるが)わかりやすかったりする。しかも、都市や州を結ぶような幹線道路も決まっているので、ナビゲーションすることはそれほど難しくないのだという。それが、日本の場合は道路事情が複雑なので、どのようにわかりやすいナビゲーションを行うかという「見せ方」が鍛えられており、結果として意匠系データベースが充実しているというわけだ。道路ネットワークの観点から見ても、日本という国は少々特殊なようである。

というわけで、まずはゼンリンの企業としての沿革と、地図製作の概要について紹介させてもらった。後程、改めて、地図製作の現場を紹介していく次第だ。