4月21日、東京都の目黒区立第一中学校において、ICT(Information and Communication Technology)を活用した授業の実証研究に関する記者会見が行われた。日本マイクロソフト、NEC、NTT東日本といった企業も参画しており、記者を対象にWindowsタブレットを用いた模擬授業もユニークだった。
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読者諸氏は「ICT」という単語を聞いたことがあるだろうか。情報通信技術(Information and Communication Technology)の略称で、主にコンピューター技術の活用に着目する場面で用いられている。総務省は「u-Japan政策」としてユビキタスネット社会の実現に向けた旗振りを行ってきたが、他方で文部科学省も学校などにITシステムを導入する「学校ICT環境整備事業」を推進中。その一環として、ICTを活用した事業の実証研究結果を取材する機会が訪れた。
舞台は東京都の目黒区立第一中学校(以下、目黒第一中)だ。以前から目黒第一中は、教育現場にネット接続したPCやプロジェクターなど各種デバイスを導入してきた。校長の伊藤惠造氏の説明によれば、平成21年度から開始したという。現在の公立小・中学校ではコンピューター教室での授業を当たり前になったが、目黒第一中は平成23~24年度に目黒区の教育委員会研究指定校に選定。ICTデバイスを活用した授業の取り組みを進めてきた(図01~02)。
2013年の7月頃からは、目黒区教育委員会を中心として、日本マイクロソフトと共同研究を立ち上げている。そして9月には、日本電気(NEC)や東日本電信電話(NTT東日本)なども参画したという。ICT教育に関する監修者や関係者の研修会をはじめ、NECから提供を受けたタブレットPCを使った実験的なICT教育を行ってきたそうだ(図03~04)。
ICT教育の実施事例・研究授業「創作ダンス」
今回、具体的な実施事例・研究授業として2つの内容が紹介された。1つは創作ダンスで、最近の中学校では学習指導要領で必須授業となっている。しかし、目黒第一中の体育館には全身鏡が1つしかないため、全学年による練習が難しかったという。
そこで、各グループで1台のタブレットPCを使えるようにした。生徒は録画機能を利用して、練習結果の確認やダンスの修正に用いたという。伊藤校長は、全員が協力しながら細部にわたって作り込み、ダンスの完成度を高め、コミュニケーション能力の発揮につながったと説明した(図05)。
ICT教育の実施事例・研究授業「近隣農家が抱える課題の解決案」
もう1つは近郊農家の課題を理解し、解決案を提案するという研究授業。生徒たちはインターネットで関連事例を検索して、プレゼンテーションアプリケーションで原稿を作成。それを電子黒板でプレゼンテーションしたという。まさにデジタルネイティブ世代の授業だ(図06)。余談だが、筆者の時代は、壁新聞のようなものを班単位で作っていたものだ。OHP(Overhead projector)用の透明シートに原稿を書き、発表したという読者諸氏も多いだろう。
さらに、近郊農家と目黒第一中をインターネット経由で結び、テレビ電話を使って近隣農家が授業へ参加する事例も。伊藤校長によれば、生徒のプレゼンテーションを見た農家の方々にとっても、新たな発見があったという(図07~08)。
会見に出席した各企業の担当者も登壇し、ICT教育に関して発言した。日本マイクロソフト業務執行役員 パブリックセクター統括本部 文教本部長の中川哲氏は、「ICT教育は21世紀型のスキルとして欠かせないが、効果測定が難しい。新たな評価指標(ルーブリック)やインターネットの整備、(現在課題となっている)持ち帰り学習など、後につながるような取り組みを行いたい」と述べた(図09)。
NECのスマートデバイス事業部長 橋本欧二氏は「我々は以前から"教育現場に求められる先進のICT機器、充実した導入支援サービスを提供したい"という姿勢で、ICT教育に取り組んでいる」と述べ、自社のICT教育に関する実績をアピール。さらに以前から言われてきたことだが、と前置きしながら、「(ICT教育で重要なのは)映像と音声だ」と、今回のテレビ電話を始めとする双方向コミュニケーションが効果的と強調した(図10)。
そしてNTTのビジネス&オフィス営業推進本部 ビジネス営業部文教・メディアビジネス部門長 長谷川達彦氏は、「ここ数年間はグループ企業全体で、さまざまなICT実証研究に参加してきた。当初は『(タブレットが)実際に使えるのか』という声も現場で上がっていたが、佐賀県を始めとする各自治体が導入し始めている。だが、ICT教育の主役はあくまでも教師であり生徒だ。今後我々は黒子に徹し、各種ニーズに応えていきたい」と語った(図11)。
ICT教育の模擬授業を体験
目黒第一中が導入したシステム構成も披露された。日本マイクロソフトは、サーバーや同社製品に関する教育向け研修を提供。デバイスはNECが担当し、タブレットPCはWindows 8.1搭載の「VersaPro タイプVT」、電子黒板は「BrainBoard 65型」を提供している。
電子黒板はボード型組み込みPCもサポートしているが、今回は電子黒板用ノートPCを用意したという。そのほかにも「フレッツ光ネクスト」の提供やICT支援員を派遣するNTT東日本。タブレットPC用の充電保管庫を提供するコクヨファニチャーなどの名前も並んでいる(図12)。
最後に、記者を対象にICT教育の模擬授業も開催。実際に目黒第一中の教師がタブレットと電子黒板を使い、植物観測を行った中学1年生という設定で始まった。生徒がタブレットに直接書いた内容は、ネットワーク経由で教師のPCに転送、電子黒板に映し出される。それまで緊張感に包まれていた教室だが、中学1年生になりきった記者から笑い声が上がる場面も。確かに、教師が生徒一人一人のノートをのぞき込むよりも、本システムの方がスマートだ(図13~16)。
我々が学生だった時代、電子器具を授業に用いることは皆無だった。しかし現在は、前述のように一人一台のデバイスをノートや教科書、副読本の代わりに用いる取り組みが進められている。目黒区教育委員会 教育指導課長の佐伯英徳氏は、「あくまでも現時点では実証研究段階だが、目黒区として平成28年度まで研究を続ける。そして実証研究結果を踏まえ、平成29年度からの整備方針に反映させたい」と述べた(図17)。
このように、現在は実証研究結果を得るにとどまっているが、近い将来、ランドセルやバックに詰め込むのは山積みの教科書ではなく、タブレットになっているのだろうか。
阿久津良和(Cactus)