理化学研究所(理研)と東京都医学総合研究所(都医学研)は3月6日、千葉大学、東京大学、愛知学院大学、独・マックスプランク研究所との共同研究により、細胞内の巨大タンパク質分解酵素複合体「プロテアソーム」の細胞内動態を解析し、プロテアソームが細胞質で完成した後に核内に運ばれることを明らかにしたと共同で発表した。

成果は、理研 佐甲細胞情報研究室の白燦基 協力研究員、都医学研 タンパク質代謝研究室の田中啓二所長、同・佐伯泰 副参事研究員、千葉大 真菌医学研究センターの東江昭夫 客員教授、東大大学院 薬学系研究科の村田茂穂 教授、愛知学院大 薬学研究科の横沢英良 教授、マックスプランク研究所のヴォルフガング・バウマイスター教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間3月6日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

プロテアソームは、「ユビキチン」化されたタンパク質を選択的に分解する、約2.5MDa(直径20nm、長さ45nmの棒状分子)の巨大な酵素複合体だ。タンパク質の翻訳後修飾に使われる小型タンパク質であるユビキチンはタンパク質分解のほか、DNA修復、転写調節、シグナル伝達など広範な生命現象に関わっている。プロテアソームへの分解シグナルとなるのが、複数のユビキチンが連結した状態、つまりポリユビキチン鎖により標識された状態のユビキチン化(ポリユビキチン化)だ。このようにして、プロテアソームは細胞内のタンパク質恒常性の維持に中心的な役割を果たしている(画像1)。

近年、このプロテアソームが基礎研究だけでなく、臨床面からも注目されるようになってきた。というのも、プロテアソームの機能の破綻が神経変性疾患などさまざまな難治性疾患を引き起こすことや、「プロテアソーム阻害剤」(プロテアソームの酵素活性中心を選択的に阻害する化合物のこと)が血液がんに有効なことなど、さまざまなことがわかってきたからだ。

画像1。プロテアソームの模式図。ユビキチン化されたタンパク質の分解を行う

しかし、プロテアソームに関してはわかっていないことが多い。例えば、プロテアソームは約66個のサブユニットタンパク質で形成されているが、プロテアソームが細胞内のどこで完成するのか、完成したプロテアソームがどの程度存在するのか、あるいはどのように存在するのかなど、特に細胞内における動態がほとんどわかっていないという状況である。

そこで研究チームは今回、蛍光タンパク質(緑:GFP、赤:mCherry)をプロテアソームに結合させた酵母細胞を作製し、共焦点光学系を用いて微小空間における蛍光の蛍光のゆらぎを測定する「蛍光相関分光法」によって、生きた細胞内でプロテアソームの動態解析を試みた(画像2・3)。なお蛍光相関分光法は、溶液中や細胞内の蛍光分子の絶対濃度や大きさ、形状などを決定することが可能だ。2色の蛍光タグを用いることで、2種類の異なる分子間の相互作用の強さを測定することができる。

その結果、1点目としてプロテアソームのほぼすべてのサブユニットタンパク質は完成したプロテアソーム複合体に取り込まれていること、2点目として完成したプロテアソームは安定に存在すること、3点目として細胞質のプロテアソームの約半数は何らかの細胞小器官(ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体など)と相互作用していること、4点目として核内では転写因子や染色体などの「転写マシナリー」(染色体内のDNAをメッセンジャーRNA(mRNA)にコピーするために必要とされるさまざまな転写因子タンパク質群)と相互作用していることが明らかとなったのである。また、細胞内におけるプロテアソーム濃度の測定も行われ、その結果、細胞質では約200nM、核質では約1μMだった。

蛍光相関分光法によるプロテアソームの動態解析。画像2(左):蛍光タンパク質のGFPをプロテアソームに結合させた酵母細胞の蛍光顕微鏡像。赤の十字は測定ポイント、Cは細胞質、Nは核内。画像3(右):プロテアソーム複合体の蛍光相関関数。相関関数の解析からGFP単体は細胞内で1種類の動態(黒)を示すことに対して、大きく右にシフトしたプロテアソームの細胞質(赤)と核内(青)の相関関数からはそれぞれ2種類の動態が示された。1種類目は完成したプロテアソームの自由拡散運動、2種類目は細胞小器官または核内の転写因子とのそれぞれの相互作用による遅い拡散運動を示しているという。これらのことから、細胞質のプロテアソームは何らかの細胞小器官と相互作用していること、核内のプロテアソームは転写因子や染色体などの転写マシナリーと相互作用していることがわかった

さらに研究チームは、細胞質核間輸送担体「インポーティン」の変異体などを用いて、核内にプロテアソームが運ばれない状況にして細胞質の解析も実施。その結果、これまで核内で形成されると考えられてきたプロテアソームは、実は細胞質で完成した後に核内に移行することが明らかになった(画像4)。

画像4は、今回明らかとなったプロテアソームの細胞内動態。図中の1~5は、以下の意味である。(1)は、細胞質で完成したプロテアソームは速い拡散運動で細胞全体に広がること。(2)は、さまざまな細胞質の細胞小器官と相互作用しながら拡散すること。(3)と(4)は、横になって核膜孔を通って核内まで運ばれること。(5)は核内では転写因子と常に相互作用していることである。

画像4。今回明らかとなったプロテアソームの細胞内動態

今回の研究により、プロテアソームは核内では遺伝子の転写に関わっていることが示された。今後、プロテアソームが細胞質でどの細胞小器官と相互作用しているか、細胞質および核内におけるプロテアソーム濃度のバランスがどのように維持されているかを解明していく予定とした。将来的には、プロテアソームの細胞内動態を制御する新しいコンセプトのプロテアソーム調節剤の開発を目指すとしている。