東京大学は12月24日、マウス胎児の脳の詳細な解析から細胞死の一種である「アポトーシス」による細胞の除去がうまくいかないと、脳が頭蓋骨外部に突出する外脳症などの発生異常の原因となると発表した。今回の成果は、東京大学 大学院薬学系研究科 野々村恵子元特任研究員、山口良文助教、三浦 正幸教授らの研究チームによるもの。詳細は「Developmental Cell」に掲載された。

アポトーシスとは細胞が自分自身を破壊して死ぬ仕組みで、アポトーシスの実行に必要な遺伝子はこれまでさまざまな研究で発見されている。

ほ乳類の脳神経系発生では、従来から5~7割もの細胞が生まれては除去されていると考えられており、これらの細胞死の多くは体内のプログラムによりあらかじめスケジュールされたアポトーシスが原因となる。アポトーシスの実行に関与する遺伝子が壊れたマウスの胎児の場合は、アポトーシスが起きず、脳が頭蓋骨外部に突出する外脳症などの異常を示し、生後すぐ死んでしまうことがある。この外脳症の原因は、脳発生の過程で神経細胞の元となる神経幹細胞が死なずに余分に増殖したため、脳全体の細胞数が過剰になり、脳が突出するためと推察されている。

しかし、外脳症は神経管閉鎖の失敗により起こることも知られているほか、アポトーシスを実行するための遺伝子を欠損した胎児の脳で細胞数が実際に増加したのかどうか、定量的に研究した報告もこれまでないという。そのため、これらアポトーシスを欠損したマウスで生じる外脳症が本当に脳全体の神経細胞数の増加による病態であるのかは不明であり、さらに、そもそも脳の発生過程でアポトーシスが生じる必要があるのか、その理由も未解明であったという、

今回研究チームは、アポトーシスの実行に関与する遺伝子が壊れたためにアポトーシスを生じないマウス胎児(アポトーシス欠損胎児)の脳を詳細かつ定量的に調べ、これらの胎児で見られる外脳症の原因は細胞数の増加ではなく、神経管閉鎖の不全が原因であることを明らかにした。

胎生12.5日目のアポトーシス欠損胎児にみられる外脳症(左上)。胎生12.5日のアポトーシス欠損胎児の脳では脳室の狭小や神経上皮の断裂が観察される(左中)。胎生9.5日のアポトーシス欠損胎児脳の最前端にみられる神経管閉鎖異常(左下)。これまでアポトーシス欠損胎児でみられる外脳症をはじめとする脳形態異常は、神経幹細胞数が過剰になったためと考えられてきたが、今回の解析によって、細胞死変異体の脳全体の細胞数には大きな変化はなく、脳形態異常の原因は神経管閉鎖異常であることが示された

脳初期発生で集中的にアポトーシスが観察される場所は「シグナリングセンター」と呼ばれる司令塔の細胞集団であることが判明。司令塔の細胞集団はさまざまな局面で見られ、そこから放出される体作りのための指令は器官の形成や多種多様な細胞を正しい配置で生み出す「領域化」と呼ばれる現象となることが知られている。こうした体作りのための指令は、刻々と変化しているが、指令の切り替え、特に不要となった指令の除去がどのように行われているのか詳細は分かっていなかった。

野々村元特任研究員らは胎児期の脳の最前端形成の司令として働くFGF8タンパク質を産生する司令塔の細胞集団の一部が、アポトーシスによって除去されることを複数の実験によって示したという。このFGF8を産生する司令塔細胞のアポトーシスが阻害されると、司令塔細胞自身の増殖が止まった状態で過剰に残存したほか、司令塔の細胞集団が作り出すFGF8タンパク質が本来存在しない部位にまで分布してしまい、脳の領域化の異常を生じさせることが分かったという。これらの結果から、正常な脳の形成に必要な仕組みとして、司令塔の細胞集団の除去にアポトーシスが用いられていることが分かったという。

Fgf8遺伝子を発現する細胞(濃青に染まっている部位、左端図)は神経管閉鎖中にアポトーシスによって死んでいき、神経管閉鎖後には脳の最前端部からは除去される(上段真ん中、黄色点線円)。しかし、アポトーシス欠損胎児では脳の最前端部で神経管閉鎖が完了せずFgf8遺伝子を発現する細胞が残存する(黄色点線円内、濃青部)。さらに脳の形態とFGF8タンパク質の分布が異常になる(右端図、白両矢印)

研究チームは、同研究による脳最前端でのアポトーシスによる司令塔の細胞集団の細胞数調節と指令シグナルの切り替えの仕組みは、その他の器官でも体作りの指令を円滑に切り替える方法として共通に用いられている可能性があるとしている。

今回の研究成果を概念的に表現した図

また、神経管閉鎖の異常は比較的頻度の高い先天性奇形の1つで、さまざまな原因が考えられるという。研究では細胞死不全による神経管閉鎖の遅延や指令分子の発現の乱れが神経管閉鎖異常の原因となっていることも示唆され、今後、細胞死調節という視点からの病態解明の進展も期待できるとしている。