KDDIは10月16日より、同社の電子書籍ストア「ブックパス」で幻冬舎のオリジナル小説を独占配信している。ブックパスはKDDIが掲げる“3M戦略”の一つ、マルチユースのサービスとして提供されている「スマートパス」の一端を担っている。今回、ブックパスで幻冬舎と連携した狙いと、スマートパス全体の戦略についてKDDI 新規事業統括本部 新規ビジネス推進本部 auスマートパス推進部長の繁田 光平氏らに話を伺った。

ブックパスは本というエンターテインメントに出会う入り口

KDDIが幻冬舎と共同で取り組みを行うのは今回が初めてではない。2009年にTOKYO FMを含む3社で10台限定の文学新人賞「蒼き賞」を実施している。

幻冬舎 常務執行役員 編集・出版本部 副本部長 文庫編集長 永島 賞二氏

幻冬舎の常務執行役員 編集・出版本部 副本部長で文庫編集長の永島 賞二氏は、当時を振り返りつつ、今回の取り組みの経緯について次のように語る。

「幻冬舎として、出版社として、従来の出版だけでは難しい時代にある中で、どのような取り組みを行えば良いのかということを考えてきた。蒼き賞や今回のオリジナル小説の提供は、新しい読者を獲得したいという思いから実現に至った」(永島氏)

ブックパスは月額590円の定額で7000冊以上の小説やコミック、写真集、雑誌を読むことができるサービスだが、14万冊を超えるラインナップから好きなタイトルから1冊ずつ購入できる「アラカルト」の販売形式も用意されている。

電子書籍ストアはAmazonやソニーのIT系から、紀伊国屋書店などの書店系など様々なプレイヤーが参入している。ただ、着うたフルやiTunesで裾野を広げた音楽配信サービスや、YouTubeやニコニコ動画、Huluといった無料、有料を問わないプラットフォームが育っている動画配信サービスに比べると、いまいち盛り上がりに欠ける状況にある。

ブックパスは読み放題サービスを提供することで、他社にはない「読む楽しさ」を体に染みこませることができるメリットがある。永島氏は「これまで幻冬舎の本を購入してくださっている読者は、本屋さんへ足を運ぶ時点で本に対する意識を高く持っている。一方で、スマートフォンは本に親しんでいない方にもリーチしやすいメリットがあると思う。電子書籍というプラットフォームを通して本を読む楽しさ、本というエンターテインメントに気付いてもらえるとうれしい」とブックパスと組んだ意図を説明した。

作家・三崎 亜記氏

幻冬舎のオリジナル小説は、作家・三崎 亜記氏の最新小説「イマジナリー・ライフレポート」で、読み放題プランに配信する。全6話(12回配信)のうち、第3話以降は「ブックパス」以外では読むことが出来ない独占タイトル。また、三崎氏独特の世界観をより知ってもらうためとして、これまでアラカルト購入でしか読むことのできなかった作品「玉磨き」についても読み放題プランで配信を行うという。

三崎氏は「小説すばる新人賞」を受賞した代表作「となり町戦争」が江口 洋介さん主演で映画化されるなどの人気作家だが、電子書籍へのオリジナル作品の提供にあたって“紙”か“電子”かの違いは意識しなかったという。

「電子書籍の話が出てきた頃から『電子書籍に対する考えは話さない』と考えていたが今回こういう場に来てしまった。(何故そのように考えていたかというと)蒸気機関車が日本で走り始めた頃『(簡単に移動できることで)旅人が減るんじゃないか』みたいな話があったように、後に発言を振り返ると恥ずかしい発言をしてしまうのではないかと思ったから(笑)。今考えているのは、紙、電子書籍はどちらもなくなるわけではない。(紙の本について悲観論があるが)希少な物を手に入れたいと言う人は消えないし、残ると思っている」(三崎氏)

また、「電子書籍で出すからといって作品の方向性を変える必要は無いのかなと考えている。そういうことをしてしまうと逆に敬遠されてしまうのではないか。消費者は情報感度が高いので、マーケティングでウケそうと思って作られているドラマの視聴率が思わしくなく、逆に無骨なドラマが受けたりする。『こういうものがいいんでしょ?』と提示するとかえって引かれてしまう」とも語り、プラットフォームに左右されるべきではなく、あくまで面白いコンテンツを提供していくことが、ユーザーの関心を呼ぶと説いた。

幻冬舎とKDDIの取り組み スマパス総会で作家に書いてもらうテーマを決める試みも

スマートパスは3M戦略の重要なピース

KDDI 新規事業統括本部 新規ビジネス推進本部 auスマートパス推進部長 繁田 光平氏

一方で、ブックパスを提供するKDDIは、今回の取り組みを通して何を目標とするのか。

繁田氏は「ブックパスは想定よりもアクティブユーザーが多く、順調に推移している。電子書籍の良いところは紙とは異なる特性にある。寝るために布団に入っても、昔は本が読みたくなったら布団を抜け出して本を取りに行かなくてはならなかったが、今はスマートフォンでぱっと読むことができる。ブックパスは、読み放題というところも含めて浅瀬(の海岸のように)なって、気軽に入ってもらうことができる。三崎先生は新しい感覚で文章を書いている方だし、このような“新しい感覚”のサービスでやっていただくのが良いと思い、お願いした」と語る。

具体的な目標を設定しているわけではなく、両社のユーザー層の拡大、お客さんに「本というエンターテインメントに触れて欲しい」という思いが一番強く考えた点だという。

ブックパスは本が定額読み放題という点で、KDDIユーザーに限らず、他の携帯キャリアなど非KDDIユーザーにとっても魅力的なサービスだ。先日、NTTドコモがド回線契約の有無にかかわらずdocomo IDを開放する施策を発表したが、アプリ取り放題のスマートパスを含めてKDDIがau IDを開放する考えはないのだろうか。

「まだまだプラットフォームの満足度を向上する必要があり、まずは現在のKDDIユーザーに満足してもらうことが先決。まだやりきれていない部分が多いので、(魅力的と思ってもらっているのであれば)3M戦略のマルチネットワーク、マルチデバイスを含めた総合的な魅力として発信していきたい」(繁田氏)

繁田氏はマルチデバイスの点で、タブレットのメリットも強調しており、「タブレットがどれだけ普及していくかというところで、何ができるのかという訴求が必要。電子書籍は親和性が高く7インチ級では小説、10インチ級では雑誌の閲覧がしやすいデバイスといえる」と様々なデバイスで利用できるブックパスの“マルチユース”な一面も強調していた。