理化学研究所(理研)は9月11日、光合成を行う微生物「ラン藻」を遺伝子改変することにより、水素生産量を2倍以上に増加させることに成功したと発表した。

同成果は、理研環境資源科学研究センター 統合メタボロミクス研究グループ代謝システム研究チームの小山内崇客員研究員(JSTさきがけ専任研究者)、豊岡公徳 上級研究員、平井優美チームリーダー、斉藤和季グループディレクターらによるもの。詳細は、英国の科学雑誌「The Plant Journal」オンライン版に掲載された。

水素は、燃焼しても二酸化炭素を排出しないことから、化石燃料に替わる次世代のクリーンエネルギーとして期待されているが、現在の主な水素製造法は、天然ガスや石炭を水蒸気と反応させる「水蒸気改質」であり、資源の枯渇や環境問題などの観点から、そうした石油エネルギーを用いない水素の生産が求められている。

新しい水素製造法として近年、生物を利用する研究が進められており、研究グループも、光合成をする微生物のラン藻に着目し研究を行ってきた。ラン藻は、光エネルギーを利用して嫌気発酵条件(低酸素・暗条件)で水素を生産するが、実用化のためにはラン藻の水素生産能力を高めることが課題となっていた。

そこで今回、ラン藻種の中で最も広く使われる淡水生の「Synechocystis sp. PCC 6803(シネコシスティス)」の水素生産に関わる酵素「ヒドロゲナーゼ」の量を増やすことで、ラン藻の水素生産能力を高める研究を行ったという。

具体的には、これまでの研究からRNAポリメラーゼシグマ因子の1つで、特に糖の分解やバイオプラスチックの生産に関与する遺伝子群の転写を制御することが知られている「SigEタンパク質」が、ヒドロゲナーゼの転写を活性化する因子として示唆されていたことから、遺伝子改変により「SigE過剰発現株(SigEタンパク質量が増加したラン藻)」を作製し、嫌気発酵条件で24時間培養した後、蓄積した水素濃度をガスクロマトグラフィ(GC)を用いて調査。

嫌気発酵条件でのラン藻培養。光と二酸化炭素をエネルギー源として24時間培養したラン藻を濃縮し、注射針で窒素ガスを導入して嫌気状態(無酸素状態)にした後、注射針を抜いて密閉状態にし、アルミホイルで巻いて暗条件へと変え、24時間培養し、蓄積した水素を測定した

その結果、対照株(通常のラン藻株)の水素濃度が約0.7%であったのに対し、SigE過剰発現株では約1.5%であることが確認されたという。

SigEタンパク質量増加による水素増産。嫌気発酵条件で24時間培養した後、蓄積した水素濃度を測定した結果、対照株の水素濃度が約0.7%であったが、SigE過剰発現株では約1.5%と2倍以上に増加していることが確認された

このことから、細胞内のSigEタンパク質を増やすことにより、水素生産量が2倍以上に増加することが明らかになった。

この成果を受けて、さらにSigEタンパク質の増加がどのように影響して水素生産量の増加につながったのかについての検討として、水素の生産が光合成と密接な関係にあることから、SigEタンパク質の増加による光合成への影響を調べたところ、光が強い条件でSigEタンパク質を増やすと光合成の能力(酸素の発生量)が約2割低下することが判明したほか、暗条件での呼吸活性(酸素の吸収量)も、約2割低下することが判明。後者については、呼吸で消費される電子の量が減ることを意味しており、これにより、水素生産の増加の一因が、呼吸による電子の消費量の低下である可能性を示唆されたという。

そこで細胞形態の観察を行ったところ、SigEタンパク質を増やした細胞の直径は、通常の細胞に比べると約1.6倍に増大していることが確認されたという。

SigEタンパク質量増加による対照株(上)とSigE過剰発現株(下)の細胞の比較。電子顕微鏡(左)および走査型プローブ顕微鏡(右)で細胞を観察。SigEタンパク質が増加することで、細胞の直径が1.6倍に増大していることが確認された

研究グループは現時点においては、細胞のサイズの増大と水素生産の関係は明らかではないとしつつも、このようなさまざまな変化が起こるにも関わらず、SigE過剰発現株は通常のラン藻と同様に増殖することが確認されており、こうした遺伝子改変を用いた「代謝工学」でしばしば問題となる細胞増殖の阻害も見られないことから、このSigE過剰発現株を詳細に解析することで、遺伝子改変に伴う増殖阻害の回避に新しい手法が見いだされる可能性があると説明している。

また、今回の実験では、24時間の嫌気発酵条件で、水素濃度が約1.5%だったため、さらなる生産量の増加を目指した研究が必要とするほか、実用化に向けては、低コストでのラン藻培養法や水素の回収、あるいは貯蔵方法など、多面的な技術開発も必要としている。