5月8日~10日の3日間、東京ビッグサイトにおいて、IT分野の先進技術を広く紹介する展示会「Japan IT Week 春」(主催:リード エグジビジョン ジャパン)が開催された。10日には慶應義塾大学 特別招聘教授の夏野 剛氏が「ITで変貌する社会と日本企業の未来」と題し、講演を行った。なお、同時にヤフー 代表取締役社長 宮坂 学氏も特別講演を行っている。(宮坂氏のレポート記事はこちら)。

「この20年の日本の体たらくは社会のITに対する対応の遅れに尽きる」(夏野氏)。強烈な批判から始まった講演。ITはビジネスの効率革命という従来の常套句を引き合いに出し、「効率化は一つの側面に過ぎない。Googleによる検索革命が大きく世界を変えた」と振り返る。

慶大 夏野 剛氏

以前は、研究所、大学などでしか得られなかった知識、データがあった。しかし、Google検索によって、今や学歴や地位を問われること無く、誰でも情報を入手することが出来る。個人の情報収集能力に大きな飛躍が生まれたという。

そして現在、Google検索に続く革命として、ソーシャル革命が起こっているという。ソーシャル革命といえば、アフリカの「ジャスミン革命」を思い起こすが、日本でもその実例がある。

2011年3月11日の東日本大震災による福島第一原発事故。当時、原発がメルトダウンを起こすとSNSで話題になっていたが、政府は否定し続けた。しかし、その後の事故調査委員会の調査により、3月12日時点でのメルトダウンが明らかになった。

個々人の情報発信能力の飛躍的拡大によって、TwitterやFacebookで「共振」が生まれ、大きなうねりとなっているという。「3人寄れば文殊の知恵」ということわざがあるが、衆知のアグリゲーション(情報の集約)による創発が行われていたわけだ。

外で情報収集の時代は終わった?

インターネットについて夏野氏は「外部脳」と語る。「昔は外に出て、人と会って、気付きを得る」ということがよしとされていた。しかし、現代では「引きこもってググっていた方が知識を得られる」時代になったとする。

「インターネットで簡単に知識を得られるため、もはや暗記をする意味がない」と主張する夏野氏。教授を務める慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスでは、全席に電源タップが備え付けてあり、生徒の多くはパソコンを持ち込んでいるという。授業中に夏野氏がキーワードを口にすると、「生徒たちがカタカタと一斉にググり出す」と語る。

会社組織も変化の時代へ

インターネットによる個人能力の最大化は、会社の組織階層を無意味化したという。「100人の平均的な人間よりも、1人のオタク人間が勝つ時代」になったと夏野氏。オタクとは、好きな物事に対して集中して情報を収集するため、組織に属しているから簡単に情報が入ってくると考えている人間よりも知識を得られるという。

組織階層によって硬直化した日本の終身雇用、年功序列や新卒一括採用は、社会の変化に付いていけなくなると夏野氏は警鐘を鳴らす。ただし、個人力を最大化する組織へと変貌を遂げる必要がある一方で、「誰も責任を取らない『なあなあ』は駄目。決裁をする人間は責任を負う必要がある」とも話す。

こうした時代の変化に伴い、リーダーの役割も変化しつつある。彼らの役割は利害調整が主流であったが、これからは率先垂範型へと変わらなければならないという。これは以前よりも重く、辛いものになる。辛いものだからこそ、社会の流れに敏感にならなくてはならないが、自社の世界しか知らない人間には、その流れを読めないことが多いとする。「社内しか知らない人間が取締役会を占めている会社は危ない」と夏野氏は語った。

ゆとり教育は悪か?

平均的な人間よりもオタクが求められる時代と夏野氏は語るが、「脱ゆとり政策」はその様な意味では違うのでは無いかという。各教科の平均値を求め、諸外国との点数争いで脱ゆとりへと舵が切られたが、平均値よりも"オタク"のような突き抜けた人材の育成、多様性を前提とした教育システムが今の世の中に必要と語る。

「土曜日まで授業を行うのは愚の骨頂」といい、「土曜日も授業を行っていたら、スポーツが出来ず、香川真司など、若いアスリートは出てこなかっただろう」と夏野氏。

コンピューターでやれることを人がやっても意味が無いといい、「みなさんは漢字をしっかり覚えていますか?スマホで変換して思い出す人も多いでしょう」と笑いを誘った。週6で知識を詰め込む時代は現代にそぐわないという。

「私の4歳の娘はiPadを使っている。テレビの画面を触って『なんで動かないの?』と言われる。デジタルネイティブではなく、タッチパネルネイティブが生まれている時代だ。」と夏野氏。人は今もなお、世代を経るごとに進化しているとした。

そして文明の進化について触れる。"Findings"とは発見のことだが、"発見"を共有、蓄積し、世代を超えて伝搬することで人々は進化してきた。そのプロセスはインターネットによって非常に容易で簡略されたという。つまり、この20年で異次元の進化を遂げていると夏野氏は語る。

日本はまだ頑張れる

この変革の時代に、日本は大きなポテンシャルを秘めているという。その背景には豊富な資金力(1450兆円の個人金融資産、250兆円の企業内部留保)や世界トップレベルのITインフラなどがある。「アメリカの3Gネットワークを見てください。日本に遠く及ばない通信品質。固定回線も遅い」と夏野氏。

また、教育水準が依然として高いことや労働意欲の高さも例に挙げた。「他国で新入社員が先輩社員に放っておかれていると、新人は家に帰ってしまう。日本人は先輩に『何かやることありますか?』と自ら聞いて仕事を行う」。

最後に夏野氏は「日本は首相というリーダーが変わっただけで、株価が倍近く上昇した。これだけ期待されている国が、変わる事が出来る国がこのまま終わるはずがない。まだまだ行ける」と、聴講者に力強く語った。