京都大学(京大)は4月16日、英インペリアル・カレッジ・ロンドンとの共同研究により、「光合成酸素発生反応」で利用されるタンパク質内の「プロトン移動経路」を発見したと発表した。

成果は、京大 学際融合教育研究推進センター 生命科学系キャリアパス形成ユニットの石北央 講師と、同・斉籐圭亮 客員研究員(科学技術振興機構さきがけ)、インペリアル・カレッジ・ロンドンのA.William Rutherford氏らの国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、近日中に米国科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載される予定だ。

光合成は大半の植物にとってのエネルギー源であり、その仕組みを技術として応用することができれば、太陽光による再生可能エネルギーの生産を実現できることになるため、エネルギー問題の解決に近づくことが期待されることとなるが、人類はまだ光合成の仕組みを完全に解明できていない。

高等植物や藻類は、葉緑体にある膜タンパク質「PSII(Photosystem II)」の内部において、太陽光を利用して水を酸素と水素イオン(H+=プロトン:陽子)に分解している。その分子機構が、わかっていないのである。カギの1つは、PSIIの中にあって、光合成を助ける触媒として働く「マンガンクラスター」だと考えられてきた。

マンガンクラスターの分子構造は長年世界中で研究され、2011年に岡山大学と大阪市立大学の研究グループが解明。これにより、光合成の水分解反応を分子構造に基づいて研究することがようやくできるようになった。

解明されたマンガンクラスター周辺の分子構造を見ると、水分子が多数存在していることがわかる。これらの水分子の内、水分解反応に使われる水分子(基質)がどれかを知ることこそが、反応機構を分子レベルで理解するための第1歩だという。基質水分子を特定できれば、複数の原子からなるマンガンクラスターのどの部位で触媒反応が起こるのかがわかり、ひいては反応機構の特定につながるというわけだ。しかし、分子構造を見ただけでは、どれが基質水分子かはわからないことが問題なのである。

水の分解は「2H2O(水分子×2)→O2(酸素分子)+4H+(プロトン×4)+4e-(電子×4)」という式で表され、反応に伴って酸素と共にプロトンが生成される。このプロトンはタンパク質内部のマンガンクラスター付近で生成された後、タンパク質外部へ移動して排出されるという流れだ。つまり、もしプロトンの移動経路を特定することができれば、その道筋を逆にたどることで、必ず基質水分子に行き着くことができるのである。よって、水分解機構を明らかにするために達成すべき目標は、プロトンがタンパク質内のどの部位を通って排出されるのか、その経路を特定することである。

PSIIの中心部はD1・D2サブユニットという2つの部品からなる(画像1)。D1とD2はどちらもよく似た形をしているが、そっくり同じというわけではない。D1はマンガンクラスターを持つが、D2は持たないという違いがあるのだ。これは、タンパク質の分子進化の過程において、D2も本来はマンガンクラスターを持っていたと思われ、現在はそれが消失してしまったのだという(画像1)。

画像1。PSIIの中心部の模式図とその分子進化。青矢印:プロトンの移動、赤矢印:電子の移動、TyrD:アミノ酸残基「チロシンD」

水分解後のプロトン排出はD1におけるマンガンクラスターの近傍で起こる。しかし、D1のこの領域にはプロトン移動経路の候補となる水分子が多く存在するため、一見しただけでは経路を特定することが不可能である。しかし、D2における対応する領域では水分子が少ないため、プロトン移動経路の解析を行うことが容易であるため、研究グループはD2のこの領域に着目し、プロトン移動のエネルギーを量子化学計算によって解析することにしたという。

その結果、画像2・bの通り、唯一のプロトン移動経路が存在することが見出されたというわけだ。この経路は、D2に存在する、アミノ酸残基「チロシンD」(タンパク質を構成する20種類のアミノ酸残基の1つで、電子を受け渡しする機能を持つ)からプロトンが放出される時に使用されるもので、複数の水分子とアミノ酸残基が水素結合で強固に結ばれて作られていることも判明した。そして、これらの水分子とアミノ酸残基の上を、プロトンはまるでドミノ倒しのように次々に移動していくこともわかったのである(画像2c)。

研究グループによれば、今回の発見は、D2がかつてD1と同じように行っていた水分解反応の痕跡の可能性があるという。重要な要素は進化の過程を経ても失われずに残ることが多いことから、もしそうならば、これと同様なプロトン移動経路がD1にも存在しているはずと推測し、D1において対応する場所を調べたところ、水分子とアミノ酸残基からなる経路の発見に至ったという(画像2a)。なお、この経路は水分解に必須であるといわれている塩化物イオンも含んでおり、研究グループはそのことを「興味深いこと」としている。これらのことから、D1におけるこの経路が、実際に水分解反応で使われているプロトン移動経路であると考えられるとした。

画像2。(a)D1および(b)D2におけるプロトン移動経路と、(c)D2におけるドミノ倒し様プロトン移動の模式図。Cl-1:塩化物イオン、TyrD:チロシンD。(注)PNASの当該論文より転載されたもの

今回、水分解に伴って排出されるプロトンの移動経路が明らかになったことから、水分解反応がマンガンクラスターのどこで起こっているのかを特定しやすくなったという。これにより今後、水分子の化学結合が開裂する仕組みの解明など、より踏み込んだ反応機構の解明に向けた研究が加速することが考えられると、研究グループはコメントしており、それにより将来の人工光合成系の実現や、植物や藻類を利用したバイオエネルギーの生産性向上に向けて、分子レベルでの指針を得ることにつながると期待されるとも述べている。

また研究グループは今後、今回発見されたプロトン移動経路が、多段階からなる光合成の水分解反応のどの場面でどのように利用されているのか、さらなる詳細な分子機構を明らかにしていく計画だとしている。