信州大学(信大)、奈良高等専門学校(奈良高専)、国立天文台、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、苫小牧高等専門学校(苫小牧高専)、東京大学数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)の研究者を中心とした研究グループは、およそ100億光年彼方(赤方偏移で2.197)にある「クエーサー」からのガスの流出を、重力レンズ効果を利用して2つの別の角度から観測することに成功し、ガス流は角度によって濃さの違いがあることを確認したと発表した。

成果は、信大の三澤透 講師、奈良高専の稲田直久 講師、国立天文台の大須賀健 助教、JAXA 宇宙科学研究所(ISAS)のPoshak Gandhi氏、苫小牧高専の高橋労太 准教授、カブリIPMUの大栗真宗 特任助教らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、1月15日付けで米天文学専門誌「The Astronomical Journal」に掲載された。

クエーサーは銀河全体の100倍以上もの明るさで輝く中心核を持つ銀河で、「準恒星状天体(Quasi Stellar Object。略称がquasar)」とも呼ばれており、その正体は、銀河の中心には巨大なブラックホールがあり、その周囲に土星の輪のようなガスで作られた円盤があり、それが輝いているものだと考えられている。

円盤の表面からは、外向きのガス「アフトフロー」が吹き出していると考えられているが、地球から観測した場合、クエーサーは単なる点にしか見えないほど遠いため、内部構造の調査は難しかった。

画像1。クエーサー中心部の想像図。銀河中心のブラックホールの周囲に明るく輝く円盤が存在し、そこからアウトフローが吹き出す。描かれている格子はガスの流れを示したものであり、この形は円盤の明るさや輝く場所によって決まるという。アウトフローとは別に、真上にはジェットが吹き出していることが知られている。図の矢印A、B、Cは、今回観測された光の経路を示すもので、いずれもアウトフローの表面付近に存在するガスを通過していると考えられるという。(c) 信州大学・国立天文台

今回研究グループは、すばる望遠鏡の観測装置「HDS(高分散分光器)」を用いて、約100億光年の距離にあり、その手前、約50億光年の距離にある銀河団より「重力レンズ効果」を受けていることが知られているクエーサー「SDSS J1029+2623」の観測を実施した。この観測は、クエーサーから発せられた光が、重力レンズ効果によって進路が歪められ、クエーサーの姿が最大離角が22.5秒角である3つのレンズ像として地球に届けられていることが知られているものの、単独の銀河による重力レンズ効果よりも1ケタ程度大きな離角を持つため、各レンズ像が、クエーサーのアウトフローを別の角度からみた情報を持っている可能性があるため行われたという。

画像2。クエーサー「SDSS J1029+2623(約100億光年)」、「銀河団(約50億光年)」、地球の3者の位置関係、および重力レンズ効果の概念図。クエーサーの周囲にはダストトーラスが存在しているが、今回、観測されたのはそれよりも内側にある極めて小さな領域だという (c) 信州大学・国立天文台

画像3。ハッブル宇宙望遠鏡で観測されたSDSS J1029+2623領域の合成カラー画像。手前の銀河団の重力レンズ効果を受けたクエーサーのレンズ像(A、B、C)および、その銀河団に所属する銀河の姿(G1a,b、G2)が示されている。 (c) 信州大学・国立天文台・カブリIPMU

画像4。身近にある風景を異なった角度から見た時に見える画像の違いを表したもの。重力レンズ効果を利用すれば、観測者は移動することなくこれらの画像を見ることが可能になる。この画像では重力レンズによる画像の歪みは表現されていないほか、クエーサーは点にしか見えないため、今回の研究では空間的な広がりを持った画像をとらえたわけではないという (c) 信州大学・国立天文台

具体的には、比較的明るい図3のレンズ像AとB(レンズ像A、B、Cの光度比はおよそ0.95:1.00:0.24)に対する分光観測を実施(奥行き方向の情報は、天体写真を撮る撮像観測ではなく、天体の光をより細かく観測する分光観測にて得ることができる)。結果、2つのレンズ像のスペクトルに多数の吸収線(特定の色の光だけが失われる効果)を発見。多くがクエーサーとは無関係なもの、すなわち手前にある銀河間物質などによる吸収であることが考えられたが、一部の吸収線については、部分掩蔽の効果などが見られる(見ている方向に対して、吸収物質が背後にある発光領域を部分的にしか覆っていない状況)ことから、クエーサーのアウトフローによる吸収であることが確認されたという。

この成果を受けて、さらにレンズ像AおよびBに見られる部分掩蔽を示す吸収形の比較を実施したところ、概形はよく一致したものの、その一部が明らかに異なることを確認。この結果は、アウトフローを違う角度から観測した証拠になると研究グループは説明する。

画像5。レンズ像A(赤線)およびB(青線)に見られるアウトフローに起源を持つ吸収構造の比較。横軸は光源に対するアウトフローの放出速度で、地球に向かっている場合がマイナスとなる。図は上から順に、炭素イオン、窒素イオン、中性水素の吸収線で、塗りつぶされている場所で吸収線の形が異なっているのがわかる。 (c) 信州大学・国立天文台

今回の発見について、研究代表者である三澤講師は「今回観測したアウトフローは最大で秒速1600km/sものスピードで吹き出しており、またその内部には0.1光年程度のスケールでガスの濃淡が存在することがわかりました。このようにアウトフローの内部は一様ではなく、うろこ雲のように小さな塊が大量に集まったものなのかも知れません。それを確認するためにも、今後は今回観測しなかったレンズ像Cについても詳しく調べていく予定です」と語っている。

なお、今回の結果については、レンズ像AとBはたどる経路が異なるため、Aの光はBよりも744日の時間差をもって地球に到達する。この場合、例え2つのレンズ像がアウトフローの同じ場所を通過していたとしても、その内部の構造が時間と共に変化していれば今回のような結果が再現できるという、別の解釈も可能だと研究グループでは説明しており、この可能性について、2013年3月より実施される予定のすばる望遠鏡による追観測で検証していく計画としている。